第32話 『拷問開始』

 王国暦 1047年12月11日(火)06:00 = 地球暦 2025年09月07日(土)23:35:15 自宅兼工房 <レイナ・ターナー>

『2回もオレたちを殺しに来た連中に、人道もクソもあるか』

『話して分かる相手じゃない。甘いことを言っていたら、今度こそ全員殺されるぞ』

『お前たちができないなら、やり方だけ教えてくれ、オレがやる。見ていられないなら地下室に戻っていろ』

 私は今、朝食を作り終えてテーブルに人数分の皿の準備をしている。

 でも昨日の夜のことが忘れられない。

 あの人は私たちを、ルナをトムを、みんなを第1に考えてああ言っていた。

 うれしい……。

 愛されている。

 正直にそう感じる。

 でもエリカさんやルナが言ったことも忘れられない。

『ケント、本気なの? 外科的な処置は……人道的に』

 人道的って何?

 そりゃあ人を殺すのが犯罪なのは誰でも知っている。

 それに痛ぶったりするのがいけないのも、知っている。

 でも……そんな人間を善良な人間と同じに考えていいことあるの?

 また襲われて、エリカさん、ルナが殺されても同じこと言える?

 ルナも、エリカさんが殺されても、今と変わらない?

 2人ともいい人で、あの2人だったら、ちょっと妬いてしまうけど、ケントを好きになってもいいと思う。

 でも、ちょっと違う。

 キレイ事だってケントは言ったけど、それは私も賛成。

 人道的……それが何か、私にはよくわからない。

 ■王国暦 1047年12月11日(火)08:00 = 地球暦 2025年09月07日(土)23:36:05 <田中健太(ケント)>

 バシャー!

「起きろ、朝だ」

 朝食を終えたオレとマルクスは、物置に押し込んでいた魔法省のヤツラをたたき起こした。

 冷たい水を浴びせられ、男たちはうめきながら身をよじっている。

「ぐっ……ひぃ……」

 虚ろな目がオレを捉え、恐怖に引きつる。昨夜の記憶が蘇ったに違いない。それでいい。

 マルクスも手際よく残りの連中を起こしていく。

 それでも1人だけ痩せ我慢しているのか、必死に自我を保とうとしている男がいた。

 襲撃部隊のリーダー、マグナスだ。

 しかし抵抗などできない。

 魔法の詠唱防止で猿ぐつわははめているからだ。

 オレはマグナスの前に膝をついて顔をのぞき込んだ。

 他のヤツらと違ってまだ反抗的な様子が垣間見える。クソみたいなプライドが服従を拒んでいるんだろう。

 必死で自我を保とうとしているのがわかるが、目の前にサーチライトと携帯用のLRADが準備されると様子が変わった。

 何かを訴えようとしているんだろうが、そんなことはどうでもいい。

 ――YESだったら首を縦に、NOだったら横に振れ――

 オレは紙にそう書いて示したが、最後のあがきだろうか、口で悪態がつけない分、目で敵意をあらわにする。

 オレはマルクスを見た。

 マルクスは黙ってうなずく。

 LRADを120dBにセットして発動する。

「んんごぅぅもがァぁァ!」

 オフにしてもう一度紙を見せるが、変化はない。

「ケント、これ短いのを何回やっても変わんねえんじゃねえか?」

「じゃあイエスって言うまで照射続けるか?」

「そっちも試してみよう」

 オレはうなずき、再びマグナスの前に立つ。

 今度は130dBにあげて、サーチライトのスイッチも入れた。

 強烈な光がマグナスの網膜を焼き、同時にLRADから絶え間ない不協和音が鼓膜を突き刺す。

「んぐぅぅうううあああ!」

 猿ぐつわの奥からくぐもった絶叫が響き、マグナスの体が椅子の上で激しく跳ねた。

 手足は縛られているため、全身をけいれんさせるしかできない。

 白目をむき、口の端から泡がこぼれる。

 こいつのくだらないプライドが、音と光の暴力で粉々に砕けていくのが分かった。

 数十秒後、マグナスの動きが弱まり、狂ったように首を縦に振り始めた。

 オレはマルクスに目配せして、スイッチを切る。

 静寂と薄暗がりに戻った物置で、マグナスはただ荒い息を繰り返していた。

 ■王国暦 1047年12月11日(火)13:00 = 地球暦 2025年09月07日(土)23:38:10 <田中健太(ケント)>

「な! 何だこれは! 貴様らマグナスに何をした! ?」

「ほう? この男はマグナスと言うのですか。少なくともお知り合いのようですね。それも非常に親密な。それから発言がおかしいのではありませんか? あなたがどなかた存じませんが、こちらは夜中に襲われたのです。何をした? ではなく、何をされた? が正しい表現でしょう?」

 オレの挑発に、男の顔が怒りでみるみる赤く染まる。

 こめかみに青筋を浮かべ、拳を固く握りしめていた。

 よし、完全に釣れたな。

 王子とアポロの前で、自分から関係者だと白状した。

「無礼者! 私を誰と心得ておる!」

 男がわめくがオレはわざとらしく肩をすくめた。

「さて、存じ上げませんな。ですが、王子殿下の御前ですよ」

 オレが静かに言うと、男はハッとして後ろを振り返る。

 そこには冷たい表情のアルフレッド・アシュビー王子と、興味深げにこっちを見るアポロ・ルミナスがいた。

「こ、これは王子殿下! ご無沙汰しております!」

 男は慌てて直立不動となり、深々と頭を下げた。さっきまでの威勢はまったく感じられない卑屈な態度だ。

「ふむ。僕は王権にはまったく興味がないし、そなたも関心があるのは宗家やアズマノミヤ、ヤシロノミヤばかりであろう? 我が家門、アスカノミヤは継承順位も低いゆえな」

 アルは無表情で男を見据える。

「気にするでない、ヴィクター魔導院長。それよりもそなたがなぜここにいる。説明してもらおう」

 アルはフレンドリーな15歳の年相応の子供なんだが、普段のアルとはまるで別人だ。

 ヴィクターはアルの言葉に顔を真っ青にして、冷や汗をだらだら流している。

「そ、それは……その……」

 しどろもどろになりながら、必死で言い訳を探しているのが見え見えだ。

 その時、工房の扉が勢いよく開いた。

「ヴィクター! 王子殿下までお呼び立てして何事です!」

 鋭い声とともに現れたのは……誰だ? 呼び捨てるってことは……来たか!

 女は工房の中を見渡し、床に転がるマグナスの姿を見つけると目をむいた。

「マグナス! いったい何があったのです! ヴィクター、説明しなさい!」

 セレスティアと呼ばれた女は怒りに顔を歪ませたが、ヴィクターもアポロも、アルさえも驚きを隠せない。

「セレスティア様、その格好は……」

「大臣、どうされたのですか……」

「はて、魔法省大臣は男性だと聞いていましたが」

 ヴィクター、アポロ、アルとそれぞれが不思議な反応をしている。

 男性? 女性? 何を言っているんだ?

「王子殿下、それはのちほどご説明いたします。ヴィクター、アポロ、いい機会だから私はもう偽るのを止めたのだ。それよりも何だこの騒ぎは、ヴィクター、説明しなさい!」

 よく分からないが、魔法省の大臣が男でも女でも、敵に変わりはない。

 ヴィクターはセレスティアに促され、待ってましたとばかりにオレを指差す。

「セレスティア様! こ、こやつらがマグナスたちを……!」

 その言葉をさえぎって、オレは一歩前に出た。

「だから、おかしな話を言うな。オレたちは被害者だ。こいつらが昨夜オレたちを殺しに来て、オレたちは抵抗しただけだけだろうが」

 オレはセレスティアをまっすぐにらみつけた。

 こいつの冷静な仮面を剥がしてやる。

「戯言を。マグナスたちが一方的に襲った証拠はどこにある」

 セレスティアはふんと鼻を鳴らす。

「証拠も何も、この状況がもう証拠だろうが。どうやったら魔法省のこの……魔術師だよな。そしてこいつは自分でマグナス、魔法省の魔導院特別部隊長と名乗った。そいつをこんな目にしなくちゃならないんだ? その理由はなんだ?」

 オレの問いに、セレスティアは眉1つ動かさなかった。

「理由はこちらが聞きたい。何の罪もない魔法省の役人が、このような姿になる理由をな」

 あー、めんどくせえ。

 やっぱりだ。

 オレはマルクスに目で合図をして、LRADを持ってきて壁に立てかける。ライトもその横にある。

「面倒くせえから、もう本人に聞きましょう」

 そう言ってマルクスの猿ぐつわをはずして質問した。

「おい、お前はなんでここにいるんだ?」

 マグナスの目はうつろで、焦点が合っていなかった。

 オレの顔と、壁際に立てかけたLRADを交互に見ている。

 口を開くが、声にならない。恐怖で喉が渇ききっているのだろう。

 セレスティアが何か言おうとしたが、オレは手で制した。

「答えろ。誰に命令された」

 オレはもう一度、低い声で問いつめた。

 マグナスはびくりと肩を震わせ、か細い声で答える。

「……ヴィ……ヴィクター……魔導院長に……」

 その言葉にヴィクターが血相を変える。

「なっ、馬鹿なことを! 貴様、何を言っている!」

 だがマグナスは止まらない。壊れた人形みたいにすべてを話し始めた。

「工房を破壊し……印刷機を奪えと……抵抗すれば、皆殺しにしろと……命じられました……」

 次回予告 第33話 『取引』

 ケントの非情な決断に、レイナとエリカ・ルナとの間に価値観のズレが生じる。

 ケントとマルクスは光と音の科学兵器で襲撃者の心を完全に折り、王子アルフレッドらを証人として迎える。

 そこに魔法大臣セレスティアも現れ緊張が走る中、恐怖に支配された部隊長マグナスは、ついに命令者が魔導院長ヴィクターであると自白する。

 次回、決定的な証言を手にしたケントが窮地の魔法省に突きつける一手とは? 本格的な情報戦の火蓋が切られる。

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