王国暦1047年12月10日(月)23:45=地球暦2025年09月07日(土)23:32:38.75 自宅兼工房 <田中健太>
寒い、が、緊張が寒さを吹き飛ばしている。
むしろ感覚が研ぎ澄まされているようだ。冷たい夜気が肌を刺す。
マルクスは屋上でLRAD(大音量音響発生装置)の準備をして、オレは敵の侵入経路方面のサーチライトへ移動する。無線で連絡をとってタイミングを見計らっていた。
「ケント、準備はいいか」
屋上のマルクスから、小さな声が届く。
無線はヘッドセットマイク仕様だ。
「ああ、いつでもいけるぜ」
オレは短く応じた。
サーチライトのハンドルを握る手に汗がにじむ。
レイナたちはもう地下室にいるから安全だ。
静まり返った夜の闇の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
茂みの暗がりが、かすかに動いた
来たな。
オレは息を殺して暗視モニターを凝視する。
間違いない、7人だ。
連中は工房を囲むように静かに散開していく。なるほど、包囲するつもりか。こっちの思う壺だぜ。
オレは敵が完全に迎撃エリアに入るまで、じっと待った。
やがて中央の一人が腕を高く上げる。
それを合図に、全員の杖先に淡い光が灯り始めた。
まずい! 詠唱が始まる!
「マルクス、いくぞ!」
オレはためらわずサーチライトのスイッチを最大までひねった。
工房の壁に設置した投光器から、強烈な白い光がほとばしる。
夜の闇が一瞬で消し飛んで、工房の裏庭が真昼の明るさに包まれた。
「ぐあっ!」
「目が、目があっ!」
突然の閃光に視界をつぶされて襲撃者たちから苦悶の声が上がった。
咄嗟に腕で顔を覆ってその場によろめく。
集中が途切れたせいで杖の先に宿っていた魔力はあっけなく霧散した。
よし!
直後、屋上から耳をつんざく不協和音が鳴り響いた。
キィィィィン……。
甲高い音と内臓を直接揺さぶる重低音。
LRADから放たれた音の槍が、地面でのたうつ襲撃者の一人に突き刺さる。
「がはっ……! ?」
狙われた男は白目をむき、耳を押さえて地面を転げまわった。
魔法障壁なんて意味がない。
空気の振動が、問答無用で脳を揺さぶるんだ。
マルクスはそうやって冷静に次々と標的を移す。
2人目が地面を掻きむしり、3人目が泡を吹いて昏倒した。
残った連中は、光から逃れようと後ずさるが、目が見えず足がもつれて倒れるだけだ。
そこにマルクスの容赦ない音波が突き刺さる。
悲鳴すら上げられない魔術師の無力な姿がそこにあった。
あっという間に7人全員が地面に転がって動かなくなった。
ものの数分もかかっていない。
オレはサーチライトで照らし続けたまま、マルクスに無線を入れた。
「終わったか?」
「ああ、全員沈黙した」
「了解。LRADの電源を落とす。下りて拘束を手伝う」
「頼む」
オレは無線を切った。
すぐにマルクスが梯子を使って屋上から降りてくる。
オレたちは麻縄を手に、まだ痙攣している男たちに近づいた。
抵抗する力は残っていない。
手際よく全員を縛り上げるがひどい有様だ。口から泡を吹いている者もいる。
まあ自業自得だな。
「あなた、終わったの?」
地下室の扉がそっと開き、レイナが心配そうに顔をのぞかせた。
その後、エリカとルナ、アンとトムが出てくる。
「ああ、終わった。全員捕まえた」
オレはうなずいて答える。
これで黒幕の尻尾がつかめるはずだ。
オレとマルクスは捕虜を一人ずつ工房の中に引きずり込んだ。
床に転がされた男たちを見て、エリカとルナが息をのむ。
トムとアンはレイナに言って寝室に連れて行った。
「こいつらから、全部吐かせる。誰が黒幕か、はっきりさせないとな」
オレは冷たく言い放った。
「どうやって……?」
エリカが不安そうな声で尋ねる。
「方法はいくらでもある。ルナとエリカにもらった薬もあるしな」
自白剤だ。
ベラドンナやヒヨス、マンドラゴラから抽出している。
オレが言うと、ルナがびくりと肩を震わせた。
「ケント、本気なの? 外科的な処置は……人道的に」
薬はあくまでも鎮痛・|鎮痙《ちんけい》(麻痺を鎮める)作用・麻酔効果による治療用途で2人は作っていたのだ。
「2度も俺たちを殺しに来た連中に、人道もクソもあるか」
まさかオレがこんなことを言って、やるとは思いもよらなかった。
どこにでもいる普通の中間管理職だったオレ。
でも、1度目の襲撃の時に決めたんだ。
こいつら、まともじゃない。
魔物や野盗と同じじゃないか。オレたちは同じ人間なんだぞ。
正直殺しにきてるんだから、野盗よりたちが悪い。
「話して分かる相手じゃない。甘いことを言っていたら、今度こそ全員殺されるぞ」
オレは床に転がる男たちを睨みつけた。
エリカとルナは青ざめた顔で立ち尽くす。
彼女たちの気持ちは分かる。医者と研究者だ。人を傷つけるなんて考えたくもないはずだ。
オレだってやりたくないし、残酷な男だなんて思われたくはない。
でも、もうそんなレベルじゃないんだよ。
「お前たちができないなら、やり方だけ教えてくれ、オレがやる。見ていられないなら地下室に戻っていろ」
マルクスは黙ってオレの目を見てうなずいた。
「ちょっと待ってくれ」
納得したと思っていたマルクスが声をあげた。
まさか気が変わったのか?
「どうしたんだ?」
「いや、オレたちがここで、オレたちだけで尋問しても、意味があるのかなって」
「どういう意味だ?」
「いや、ここには身内しかいない。結局知らぬ存ぜぬで通されるんじゃないか?」
マルクスの言葉に、オレはハッとした。
確かにそうだ。
ここで無理やり自白させたところで、何の証拠になる?
衛兵隊はもちろん、騎士団に突き出してももみ消される可能性だって高い。
前と同じだ。
何事もなかったように処理される。
「こいつらが『ヴィクター(魔導院長)に命令された』『黒幕はセレスティア(魔法省大臣)』だと吐いたところで、そんな事実は存在しない、と言われてお終いだ。俺たちの証言なんて誰も信じない」
マルクスは冷静に続けた。
「じゃあどうしろって言うんだ?」
オレが苛立ちをぶつけると、マルクスは床の男たちを見た。
「だからこそ、俺たちだけで完結させちゃダメなんだ。外部の、それも魔法省が無視できない連中を証人として巻き込む必要がある」
「……!」
オレには2人の顔がすぐに浮かんだ。
今交渉中の魔導研究所のアポロ・ルミナスと、アルフレッド・アシュビー王子殿下だ。
それに、魔法大臣のセレスティアを同席させれば言う事ないだろう。
「アポロとアル、それからセレスティアを同席させたら完璧じゃないか」
「ああ、完璧だが、逆に問題ができる」
「何だ?」
「その3人の前で自白剤を使うのか? 使わなければ、まず自白はしないぞ」
マルクスの指摘は的確だった。
王子や大臣の前で薬物尋問なんてすれば、こっちが犯罪者扱いだ。
かといって、何もしなければこいつらは黙り込む。
「……くそ。どうすりゃいいんだ」
完全に手詰まりじゃないか。
オレが頭を抱えていると、ふと、さっきの光景が頭をよぎった。
強烈な光に目を焼かれて未知の音に悶え苦しんでいたこいつらの姿。
そうだ、あれだ。
「なあ、マルクス。別に王子たちの前で尋問する必要はないんじゃないか?」
「何が言いたい?」
「事前にこっちで『お話』を済ませておくんだよ。自白剤も暴力も使わない。ただ、こいつらを無力化した『あれ』をもう一度見せてやるだけだ。次はもっと出力を上げてな」
オレの言葉に、マルクスの目が光った。
「こいつらを別室に1人ずつ連れて行く。目隠しして椅子に縛り付けてな。そこで、さっきの音をもう一度体験させてやるんだ。至近距離で、じっくりとな」
質問はしない。交渉もしない。
ただ、延々と五感を焼いてやる。いつ終わるか分からない恐怖を味あわせるんだ。
「心が折れたところで、こう言えばいい。『王子殿下たちが間もなくお見えになる。その時、正直に話せばここから出してやる。もし黙秘するか、嘘をつけば、またこの部屋に戻ってくることになる』ってな」
そうすれば、王子たちの前では自ら進んで喋るだろう。
助かりたい一心でな。
襲撃部隊の悪夢が始まった。
次回予告 第32話 『拷問開廷』
深夜の工房を襲う魔法省の部隊を、ケントとマルクスは光と音の科学兵器で一方的に無力化し、全員を捕獲する。
王子らを証人に立てるため、薬物や暴力に頼らない尋問方法を模索。
未知の兵器による感覚地獄の恐怖を植え付け、捕虜を精神的に追い詰めて公の場で自白させる非情な計画を実行に移す。
次回、襲撃者の心を砕く科学の拷問。極限状態の捕虜たちの前に、ついに王子アルフレッドと魔導研究院長アポロが姿を現す。

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