火種

信長と純正、そして教え子たち

第920話 『帰路』

慶長八年七月十日(西暦1603年8月16日)「これで、欧州での務めは全て終わったな」 テムズ川を下る御座船(遣欧艦隊旗艦)の甲板で、純正は小さくつぶやいた。 数か月に及んだ欧州歴訪の最後を飾るロンドンの街並みが、灰色の空の下でゆっくりと遠ざ...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第465話 『慶喜、諸侯を巡る』

慶応五(明治二)年三月一日(1869年4月12日) 京都 仙台藩邸 慶喜は、東北の諸藩は会津、仙台、庄内、米沢の四藩が味方につけばまとまると考えていた。外様が多いが譜代も多い。大藩である仙台の威光は大きく、日本海側の諸藩も、仙台が味方につけ...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第464話 『詭弁か忠義か』

慶応五(明治二)年二月十六日(1869年3月28日) 京都 大村藩邸 本日は夜も遅いので、と言って別れた翌日、居室で先に口を開いたのは純顕であった。「次郎。昨日は詭道きどうと申したが、つぶさにはいかなる手を打つのだ。公議政体党は数で我らを上...
信長と純正、そして教え子たち

第916話 『王たちのチェス盤』

慶長八年四月一日(西暦1603年5月11日)リスボン「何が賢王だ。バカバカしい。稀代きだいの愚王ではないか」「馬鹿野郎! 大声で言うんじゃねえ。捕まっちまうぞ」「庶子とは言えかわいそうに。何千何万リーグも果ての東の国に嫁がされるとは……」「...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第460話 『問責と仕切り直し』

慶応四年十二月二十日(1869年2月1日) 江戸城「? 然様さようか。余が聞いた話とは随分違うようだが……」  慶喜の額から冷や汗がしたたり落ちた。「余が聞いた話では、守護職屋敷の放火と升屋の刃傷沙汰は犯人を取り押さえたと聞き及ぶ。然りなが...
信長と純正、そして教え子たち

第912話 『黄昏の聖職者』

慶長七年十月二十一日(西暦1602年12月4日) リスボン 特別法廷に第3回公判の幕が上がった。 法廷周囲には重警備態勢が敷かれ、王室保安局員が常時巡回して緊張感が漂っている。 傍聴席にはポルトガルの貴族や商人、都市参事会の代表が静かに並び...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第453話 『武備恭順 ~長州藩、復讐への道筋~』

慶応四年十月二十七日(1868年12月10日) 周防国 山口城 周布政之助の死は、長州藩に重苦しい影を落としていた。 慶喜の政治的裁定によって藩の重臣が命を絶たれた事実は、藩士たちの心に幕府への消えぬ憎悪を刻み付けたのである。藩庁の空気は悲...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第450話 『沙汰と黒幕』

慶応四年九月六日(1868年10月21日) 新選組の屯所で、土方は取り調べを続けていた。 しかしいっこうに進展はない。 一方には京都見廻みまわり組の隊士たち、もう一方には長州藩士たちがいる。「我らは何もしておらぬ。祝い酒の帰りに歩いていただ...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第449話 『料亭の凶刃』

慶応四年九月四日 夜半 京都 京都守護職屋敷「……近藤、土方をここへ」 執務室の静寂を破ったのは、松平容保の低くしぼり出すような声だった。 近習が息をのんで退出すると、部屋は再び沈黙に包まれる。燭台しょくだいの炎が揺れ、机の前に座っている容...
信長と純正、そして教え子たち

第900話 『黄金の国の飢餓』

慶長五年(1600年)十一月 新生インカ帝国首都 クスコ「……まだ、来ないのか」 絞り出すような声が、がらんとしたクスコの玉座の間に響いた。 皇帝トゥパク・アマルの言葉は、問いかける相手もいないまま、高く冷たい石の天井に吸い込まれて消える。...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第444話 『公儀政体党』

慶応四年八月十五日(1868年9月30日) 京・薩摩藩邸「和戦両様? 詳しゅう申せ、帯刀たてわき」「は」 久光の低い声には未だ納得できない苛立ちが表れている。帯刀は主君の視線を真っ直ぐに受け止め、覚悟を決めて口を開いた。「は。まず『和』ん道...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第431話 『老兵と風聞』

慶応四年(明治元年)四月一日(1868年4月23日) 江戸城「おお、おお……。左衛門尉(川路聖謨)、それに下総守(水野忠徳)に信濃守(井上清直)、淡路守(村垣範正)まで……。よくぞ参った」 慶喜の眼前には、黒船来航以来の激動期に、日の本の外...
八紘共栄圏を目指して

第841話 『調略』

慶長二年五月二十三日(西暦1597年7月7日) 「さて直茂よ、わが国は明国と講和しているわけだが、無論このままではいかん。いずれ明が力を回復すれば、再び大陸統一の野望を抱くやもしれんからの」 純正は居並ぶ戦略会議室の面々を前にして、直茂に言...
八紘共栄圏を目指して

第839話 『あり得ぬこと』

慶長二年二月二十二日(1597/4/8) ポルトガル リスボン 肥前国大使館「ほう……謝罪ですか」 謝罪の言葉では足りないが、国の威信と誇りに関わる問題だと親ちかしは考え、もう少し話を聞いてみようと思った。 それにしても、グスマンの変わり身...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第338話 『くすぶる火種、されど購入は決まりけり?』

慶応元年十一月三日(1865/12/20) 江戸城 御用部屋 夜「安藤様、真にあのままで良かったのですか?」 小栗上野介と渋沢篤太夫、大村純顕と太田和次郎左衛門が下城した後の御用部屋での会話である。 板倉勝静や稲葉正邦ら老中院の面々は、安藤...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第337話 『是非』

慶応元年十一月三日(1865/12/20) 江戸城 御用部屋 全員が話すのを止め、辺りを静寂が包むのを次郎は待つ。 おもむろに安藤信正に正対し、居住まいをただした。「金山の儀につきましては、ひとえにそれがしの不徳のいたすところにございます。...
八紘共栄圏を目指して

第808話 『イングランドのスペインへの挑戦と東洋への野心』

文禄四年一月七日(1595/2/15) イングランド ロンドン 暖炉の火がパチパチと音を立てて執務室を暖かく照らし、窓の外には、テムズ川の穏やかな流れとロンドン市街の景色が広がっている。  エリザベス1世は羽根ペンを握り、羊皮紙に何かを書き...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第169話 『次郎を呼べよ』

嘉永六年九月二十四日(1853年10月26日) 「それで讃岐様、琉球はいかなる仕儀に御座いましょうや」「うむ、なんとか大村家中の御助力のお陰で面目を保つ事ができた。然れど以後如何いかが致すかは、よくよく考えねばならぬ」 讃岐とは島津家の一門...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第76話 『アメリカ東インド艦隊司令長官ビッドル、浦賀に入港し通商を要求する』(1846/7/29)

弘化三年六月七日(1846/7/29) <次郎左衛門> アメリカ東インド艦隊のジェームス・ビドルが、アメリカ政府(ポーク大統領)のジョージ・バンクロフト海軍長官の命をうけて浦賀に来航した。 1845年5月22日付けの指令書にはこう書かれてい...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第590話 信長の悪あがきと純正の妥協

天正二年 一月十七日(1573/02/19) 近江国蒲生郡  日ノ本大同盟合議所「拒否権の儀、ならびにその他の題目についてもおおよそ得心しておる。然れど一つだけ、一つだけ発議いたしたい」「なんでござろう」 信長は拒否権にしばりをつけられ、あ...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第447話 西国の火種と東美濃の争乱。そして山家三方衆

元亀二年 二月二十五日 三ヶ月前の元亀元年十一月、新しい西国の枠組みが決まった。 一万石から三万石の国人の多くが純正の提案を受け入れ、知行地を大幅に減らし、俸祿にて仕えることを選んだのだ。 しかし、領民やその下の家臣たちも、たかだか三ヶ月で...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第442話 武田信玄の3つの選択肢

元亀元年 十二月二十日 甲斐の武田信玄には、どこに侵攻するか、三つの選択肢があった。一つは越後、もう一つは美濃、そしてもう一つは遠江三河である。 一つ目の越後の上杉謙信だが、昨年の永禄十二年の八月には和議が成立している。 しかし開戦の名目は...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第441話 天下分け目の策謀

元亀元年 十二月八日 信長は純正と会談した後、十二月に入って再び伊勢長島へ入った。 一向一揆が鎮圧されたのは、そのすぐ後である。 文字通りの殲滅戦であり、兵糧攻めのあと最後の長島城に一揆衆をあつめ、降伏後、根切りにしたのである。 戦後処理を...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第437話 新しい西国秩序

元亀元年 十一月二十三日 伊予 湯築城 戦をなくす為に話し合いの場を設けたのに、これでは話がまとまらない。 元春の気持ちも理解できるが、大言壮語すぎたのだ。このまま、無条件では元春も引っ込みがつかないであろう。「では能義郡、四万五千六百四十...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第435話 尼子家の苦悩と復興

元亀元年 十一月二十二日 伊予 湯築城 酉三つ刻(1800) ■別所家中「叔父上、やはり中将様はひとかどの人物ですね。くぐってきた修羅場もそうであるし、話も飽きぬ。なにより、戦を好まぬ姿は好きです」 別所長治は叔父で一門、家老の別所重宗に対...
新たなる戦乱の幕開け

第418話 謀将宇喜多直家の処世術~生き残りのための3つの方策~

元亀元年 十月三日 岡山城「なに? 宗景が小佐々の使者と会っておっただと? いつじゃ?」 宇喜多直家は、決裁書類を読んでいた手を止めて聞く。「は、一昨日、小豆島の小海城山城(おみじょうやまじょう)にて、会談が開かれたもようです」 重臣の戸川...
西国の動乱、まだ止まぬ

第354話 予土戦役、黒瀬城攻防戦②毛利元就が生きていたならば

永禄十二年 十月二十三日 安芸 吉田郡山城「なに! それは誠なのか? 誠に負けたのか?」 世鬼衆の報告を受け、毛利輝元はじめ小早川隆景や吉川元春は驚きを隠せない。しかしその驚きは、負けたという事にではない、こんなにも早く決着がついた、という...
西国の動乱、まだ止まぬ

第351話 薩州島津家と伊東祐青、御教書の真偽とくすぶる火種

永禄十二年 十月二十二日 都於郡城 伊東家に対する幕府の御教書の真偽を確かめるため、小佐々の使者がその書状を幕府へ持参した。しかし祐青は純正の言葉に従いつつも、もし偽書だった場合の処罰を考えていたのだ。 仮に偽書だったとしても、祐青自身は一...
肥薩戦争と四国戦役

第347話 九州平定セン、然レドモ先ハ尚長シ……。②

十月十九日 午三つ刻(1200) 日向国紫波洲崎村(宮崎市折生迫)  な! 祐青すけきよが目を見開き純正を注視した。「めっそうもございませぬ! 誰がそのような事を。許せませぬ」。 純正は落ち着いて祐青を制止した。 「修理亮よ、余はその方が嘘...
対島津戦略と台湾領有へ

第289話 従四位上検非違使別当叙任と将軍義昭と信長②

永禄十二年 四月 京都 信長の滞陣先 妙覚寺「久しいな弾正大弼殿、いや、様の方がいいかな。息災であったか。ああそうだ、どうだ、五人は? 三月のはじめには着いておるだろう?」 相変わらずだなこの人は、と思いつつ純正は答えた。「ありがとうござい...