第25話 『ドライゼ銃かシャープス銃か』

 王国暦1047年11月20日(火)12:00=2025年9月7日(日) 19:09:50 ケントの自宅

 ケントもマルクスも、工房には休職届を出した。

 必要なときは機材を使うので、休職というよりも半分独立に近い。

 魔法省の攻撃から親方や職人たちを守らなければならなかったからだ。

 それに地球の武器は、緊急時以外は出したくないと考えている。

 目立つので余計に目を引くと思っていたのだ。

 家族はもちろん大事だが、自宅の方が全部の兵器を設置できるので、都合がいい。

「銃を作る、と決めたけど……」

 ケントは自宅の作業台に広げた紙を前に、腕を組んでいる。

 ルナがアルゴンの存在を突き止め、ケントたちの進むべき道筋がはっきりと見えた。

 科学の力で絶対的な魔法に対抗する。

 そのための具体的な第一歩が銃の製造なのだが、言うは易く行うは難し、とはまさにこの状況だ。

 隣では、同じく腕を組んだマルクスがうなっている。

 技術者としての血が騒ぐのか、ゼロから精密機械を作り上げる目標に瞳は輝いていた。

「ケント、銃って言っても色々あるだろう? 例えば何だ?」

 マルクスが問いかけた。

 現代の銃を考えても意味がない。この世界にある素材、加工技術で製造できなければ、絵に描いた餅で終わるのだ。

「主流は薬きょうを使う自動小銃だけど……無理だろう。金属薬きょうも完璧に閉鎖させる機構も、今のオレたちには作れない。狙うのは、もっと原始的な後装式の単発銃だ」

 確か……とケントは言って、ネットカフェで集めた膨大な資料の中から設計図を探し出した。

 2人とも銃の専門家ではないが、材料工学や機械工学の面で考えているのだ。

「後装式、つまり弾を後ろから込めるタイプだ。これなら伏せたままでも次弾を装てんできる」

 ケントは説明しながら2つの設計図を選んでみせた。

「これだ。今の技術レベルで作れそうな候補を2つに絞った」

 彼は1本の長い撃針(ニードル)が薬きょうを貫く構造部分を指でなぞる。

「1つはドライゼ銃。紙の薬きょうを使って、撃針が薬きょうを突き破って弾丸の底にある雷管をたたく。発射時に紙製薬きょうの大部分が燃焼するんで、金属薬きょうみたいに排きょう作業が不要なのが利点だ」

 マルクスは設計図をのぞき込んで、革新的な機構に感心したようにうなずく。

 もちろん、当時としては、である。

「へえ、そりゃ画期的だな。薬きょうが燃えてなくなるのか。けどいくつか懸念点があるな。まず薬きょうの紙だけど、防湿処理をどうするか。それに燃え尽きるって言っても、燃えカスが薬室や銃身内に残れば、作動不良の原因になるんじゃないか」

 さすがである。

「その通りだ」

 とケントはうなずいた。

「ドライゼ銃の最大の欠点は信頼性の低さにある。そして何より問題なのは、撃針が火薬の燃焼のど真ん中を突き進むことだ。高温にさらされるから、すぐに熱疲労でダメになる。特殊な耐熱合金でもない限り、交換頻度が非常に高くなるだろう」

 実際に兵士は、交換のために予備を持たされていた。

「致命的だな。いざって時に撃てない銃なんて、ただの鉄の棒と変わらないじゃないか」

 マルクスは腕を組んで深くうなずいた。

「そこで、2つ目の候補がこれだ」

 ケントはもう一枚の設計図を広げた。

「シャープス銃。こっちはもっと頑丈で、信頼性が高い。弾は同じように紙で包むけど、撃発方法が違う。弾を装てんした後、撃鉄を起こして、外にあるニップルに雷管をかぶせる。引き金を引くと、撃鉄がその雷管をたたく仕組みだ」

 図を見ながらケントは説明を続ける。

「ドライゼ銃と違って、撃発の仕組みが燃焼室から離れてる。だから部品の消耗が少ないし、構造が単純だから整備も楽だ」

 マルクスは2つの設計図を交互に見比べて考え込んでいる。

 連射速度に優れるが信頼性に欠けるドライゼ銃と、構造は単純だが丈夫なシャープス銃。どちらが現状の彼らにとって最適な選択なのか、技術者として吟味していたのだ。

「なるほどな。製造の難易度で言えば、2つとも同じか?」

「いや、シャープス銃の方が少し難しいかもしれない。特に閉鎖ブロックの精度が重要だ。発射ガスが漏れると威力が落ちるし、最悪、射手の顔に吹き付けることになる」

 ケントは閉鎖ブロックの部分を指でなぞった。

「オレに任せろ。その程度の加工、造作もない。決まりだな、ケント。オレたちが作るのはシャープス銃だ。信頼性こそ、オレたちみたいな弱者が持つべき最大の武器だからな」

 力強い言葉にケントはうなずいて、方針は決まった。




 ■工房のルナの研究所

「ルナ、銃の仕様が決まった。シャープス銃だ。火薬と雷管、具体的な開発に入れそうか?」

 ケントが声をかけると、ルナは薬品が並ぶ作業台から顔を上げた。

「シャープス銃がどんなのかは分からない。でも……その前に材料集めが難しいかも。木炭はいいとして、問題は硫黄と硝石。硝石は古い洞窟でコウモリのフンが堆積した土からなら、抽出できるかも。ほら……あの洞窟。硫黄が一番難しい。それができないと、もっと危険な雷酸水銀の合成には取り掛かれないよ」

 その時、話を聞いていたエリカが険しい顔で割って入った。

「待ってルナ。万が一にも爆発する可能性があるなら、工房で続けるのは絶対にダメよ」

 彼女の言葉に、ケントとマルクスははっとした。

 親方たちを巻き込む危険性。

 そして何より、工房自体が一度魔法省に襲撃されたのを忘れていた。1番警戒されている場所で、1番危険な作業をするなんて、あまりにも愚策である。

「エリカの言うとおりだ。オレとしたことが、そこまで考えていなかった。ルナ、すまない。危険な作業を一番危険な場所でさせるところだった」

 ケントは自らの判断の甘さを恥じたが、ルナのほおが少しだけ赤くなったように見えた。

「すぐに機材を移動させよう。オレの家に、しっかりとした壁のある安全な実験室を作る。銃の開発も、工作機械の設置も、今後は全部オレの家で進めるべきだ」

 ケントの提案にマルクスもすぐに賛同した。

「それがいい。ケントの家なら防御設備も設置できる。生活も開発も、全部を1つの安全な場所にまとめるべきだ」

 ケントは続ける。

「オレの家の横にも古い引き込み水路がある。これから作る旋盤を動かす動力を得るには十分なはずだ」

 自宅に全てをまとめる計画に移る一行だったが、ケントの頭の中にはうっすらと不安があった。




 本当なら今の家を捨てて、王都城外に新居を構えた方がいいかもしれない。

 あの森の奥。

 ほこらの近くを開拓して拠点にすれば……。

 一瞬、魔法省から攻撃されやすいのでは? とも考えたけど、逆だ。

 だからこそ思う存分やれる。




 ■自宅

「みんな良く聞いて」

 突然エリカが声を上げた。

 作戦会議でケントの自宅に集まった仲間は一斉にエリカを見る。

「敵が攻撃してきたら守らなきゃいけないけど、タクティカルライトもアタックアラームも、LRADにしたって電源がいるでしょ」

「ああ」

「そうだな」

 ケントとマルクスは短く同意して聞く。

「それで?」

「地球には頻繁に行けないし、電源にしたって安定しない。だからこっちで銃を作るのよね?」

「そうだ。マルクスとも話したけど、銃を作る」

「でも私が言いたいのはそんなんじゃない」

「じゃあ何だ?」

 今度はマルクスがエリカに聞いた。

「先立つものは何とやらって言うよね?」

「金か?」

「マルクス、あなた貯金は? ルナはいくらある? 私は正直診療所開くのに借金までしているから貯金がない」




「トムお兄ちゃん、らいこうってなーに? じゅうって?」

「うーん、よく分かんないけど、親方が作るんだから、きっとすごい武器だよ」

「ふーん」

 アンは家の中を走り回ってトムと遊んでいたが、トムはしっかりと聞き耳を立てていた。




 マルクスは気まずそうに頭をかく。

「オレか? まあ、職人として食うに困らない程度はあるけど、武器開発となると話は別だな。速攻でなくなる」

 ルナも小さく首を横に振る。

「私も……研究費でほとんど消えちゃうから。あんまり、ない」

「オレは大金貨(ルミナ)10枚ならあるぞ。独立資金で貯めていたんだけど……」

 レイナに目をやるとうなずいている。

 使って構わない、と言いたいのだろう。

「ただ、それもいずれなくなるだろうな。……うーん、ちょっと盲点だったな」

 ケントたちが資金難でうなっていると、エリカは待っていましたとばかりに口を開いた。

「でしょ? だから、私に考えがあるの」

 その自信に満ちた表情に、3人の視線が集まる。

「私たちの知識を活かして、この世界にはまだない、画期的な商品を売るのよ」

「画期的な商品?」

 ケントが聞き返すと、エリカはきっぱりと言った。

「そう。石けんと、消毒薬よ。この世界の衛生観念は、正直に言ってかなり低いわ。ちょっとした傷が化のうして命を落とす人も少なくない。私たちの世界の衛生知識を応用すれば、高品質な石けんや、安全な消毒薬が作れるはず。それを王都の市場で売るの」




「うーん、いい考えだと思うけど、ちょっと問題があるぞ」

 ケントが考えた末に答えた。




 ■魔法省

「アポロ。グレイモア院長から全て聞きましたわ。……感心しない行いですこと。何か申し開きはおあり?」

 玉座のような椅子に腰かけた彼女の冷たい視線を、魔導研究院長アポロは意にも介さず、平然と受け止めていた。

 ヴィクターから報告を受けたセレスティアの言葉には、あからさまな非難の色がにじんでいる。

「申し開き、ですか。私は魔導研究院の長として、未知の技術が失われるのを看過できなかっただけです。グレイモア院長の部下があのように野蛮な行動に出なければ、そもそも私が介入するまでもありませんでした」

 彼の言葉は、部下の失態を管理できなかったヴィクターと、それを命じたセレスティア双方への、痛烈な皮肉を含んでいた。

「ふふっ……。魔力と魔導の研究の全てを掌握しているあなたに、お尋ねしたいわ。あの方々を使って、何を企んでいるのかしら? まさか、それが魔法省のためだなんて、本気でお思いになって?」

「それは……」




 次回予告 第26話 『資金調達と魔法省の魔の手』

 銃製造計画が始動し、ケントたちはシャープス銃の製造を決断した。

 ルナの危険な化学実験のため、開発拠点を工房からケントの自宅へ移す。
 
 しかし、武器開発にはばく大な資金が必要との現実に直面し、エリカは石けんと消毒薬の製造販売による資金の捻出を提案する。

 一方、魔法省では大臣セレスティアがアポロの真意を問い詰めていた。

 エリカの資金調達案にケントが指摘した「問題点」とは一体何なのか?

 そしてアポロが語る真の企みとは?

 魔導院はどうやってケントたちを追い詰めるのか?

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