第86話 『13人の勉強会大作戦~でも勉強にならない~』

 1986年5月25日(日) AM10:00 五峰町立図書館

 約束の時間より30分早く、悠真は図書館に到着していた。

 どう考えても思春期の男女13人が一緒に勉強して上手くいくはずがない。恋愛関係が複雑に絡み合っているならなおさらだ。


 いや、ていうか……オレ、図書館で勉強なんてしたことあったか?

 いや、この世界というか世界線?

 2度目の人生じゃあるけどさ。

 前世じゃ記憶がない。

 もしかしたらあったかもしれないけど、図書館で勉強なんて、カッコつけがやることだと思ってた。

 カッコつけ……。

 ああ、うーん、これ、標準語か?

 標準語で何ていうんだ?

 ええかっこしい?

 いや、なんだか関西弁っぽいな。

 どっちでもいいや。


 町の図書館は日曜日でも混んでない。

 図書館と歴史文化資料館が一緒になっているから、図書館というより、施設内の図書室という位置づけだ。前世では大人になって佐世保の図書館に数回行ったが、そこそこ混んでいた。

「おはよう~」

 最初に現れたのは美咲だ。いつものように元気に挨拶をしながら、手には大きな紙袋を持っている。

「おはよう。早いな」

「みんなが勉強しやすいように、お菓子とお茶を用意してきたんだよ~えへへ♡」

 みんなのために、というより悠真によく思われたい気持ちがダダ漏れである。

 もしかしたら和子と麻衣子に対する牽制けんせいの意味もあるのかもしれない。2人が悠真に好意を寄せることはないとしても、できる女をアピールするつもりなんだろうか。

 いやいや、何のために?

 続いて凪咲なぎさが現れた。

「あれ、美咲も早いんだね。私も差し入れ持ってきたの」

 凪咲も同じように紙袋を持参していた。2人はお互いにニコニコしてはいたが、ライバル心がにじみ出ているのがよくわかった。

「おっはよー」

 純美あやみと礼子、菜々子と絵美も続々と到着した。

 全員が何かしらの差し入れを持参している。特に菜々子は手作りのクッキーを持ってきていたし、絵美は自分で選んだという文房具セットを用意していた。

 どう考えても自分への好意だと分かっている悠真は言う。

「みんな、ありがとな。今日は真面目に勉強しようぜ」

 そう言ってテーブルの端に座った。

 図書館内にはソファーもあり、向かい合って座る2人用のテーブルもある。6人がけや大人数のテーブルもあったが、さすがに13人が座れるテーブルはない。

 悠真はあえて端を選んだ。

 こだわりはない。

 前世の記憶では誰も座っていないテーブルなら真ん中に座りもする。しかし今回は人数が多い。両サイドを塞がれたら面倒くさいから端っこに座ったのだ。

 隣に誰が座るかは適当に決めてくれのスタンスである。

 予想どおり美咲と凪咲が軽くバトったが、結局美咲が勝って隣に座り、凪咲は向かいの席になった。他の4人が相談しつつ席を選んでいると、祐介と宇久兄弟、それぞれの彼女もやってくる。

 美咲と凪咲のバトルは『はいはい』という感じで特に誰も突っ込まなくなったが、全員が陰で闘志メラメラなのは言うまでもなかった。

 そして約束の10時――。

 総勢13人が2つの長テーブルを囲む形で、ようやく席に着いた。

 悠真が端に座り、その隣に美咲、向かいに凪咲。

 周囲を固めるように純美、礼子、菜々子、絵美が座っている。自然と悠真のいる一角だけが異様に人口密度の高い空間になっていた。

 ルークは悠真のテーブルの反対側だ。

 祐介と小百合は、もう一方のテーブルの端っこで2人だけの世界を築いている。

 そして蓮と和子、みなとと麻衣子は祐介側のテーブルの反対側に少し離れて座った。別に意識したわけではないが、結果として悠真たちとは明確な距離が生まれている。

「よし、じゃあ始めようか。まずは各自で集中して苦手なところをやっていこう。後で分からないところは教え合うから」

 悠真の落ち着いた声が、静かな図書室に響いた。

 全員がうなずいて、それぞれが持参した教科書やノートを広げる。シャーペンの芯が紙の上を滑る音だけが、空間を満たし始めた。


 ん?

 何だこれ?

 何かあったかいものがオレの太ももに当たっている。

 いや、太ももじゃない……もっと真ん中の……。

 うひゃう!

 美咲がオレのノートを覗き込むフリをして体を寄せてきているじゃないか!

「ちょっと……今日なんか暑くない?」

 目の前の凪咲は上着を脱いでいる。

 ワザとか? ワザとなのか?

 ギリギリのラインのTシャツの胸元が、見えるか見えないかの状態を作って前かがみでオレを見る。

「ねえ悠真。この方程式の解き方が分からないんだ」

 ギリギリ! ほんとにギリギリの際どい状態。

「え? どの問題? あ、これ私も手こずったんだよね~」

 今度は礼子が立ち上がってオレの後ろに立っている。

 まて、まて、何をするつもりだ?

 むにゅ。

 むにゅっと体を押し付けて後ろから聞いてくる。

「ねえ、悠真はどうやって解いたの?」

「え? あ、ああ、これはね……」


 x + 2y = 7、3x – y = 5

「この場合、yの係数を見ると、上が+2、下が-1だから、下の式を2倍してから足すとyが消える」

「なるほど」

 蓮が理解したような表情を見せる。湊も一緒にいるが、全く悠真の状態には気づいていない。

「元の式を2倍すると、6x – 2y = 10になる」

「それを上の式と足すんだよね」

 美咲が自然に続きを言った。

「そう! (x + 2y) + (6x – 2y) = 7 + 10だから、7x = 17、つまりx = 17/7」

「あれ、分数になっちゃった」

 湊が困ったような顔をする。

「大丈夫。分数のままでも計算できるよ」

 悠真が優しく説明を続ける。

「x = 17/7を最初の式に代入すると17/7 + 2y = 7で、2y = 7 – 17/7 = 49/7 – 17/7 = 32/7だからy = 16/7だね」

 すげーっ! 

 蓮と湊は悠真の説明に聞き入るが、悠真はそれどころじゃない。

 今度は純美が右側に立って体を寄せている。

 美咲、凪咲、礼子、純美は絶妙な主導権争いをしているが、少し離れた菜々子と絵美もこの自然な(自然か?)状況を受け入れていた。


「ヨシッ! じゃあ英語もやってみようか」

 悠真が提案すると、礼子が積極的に参加した。

「私、英語得意なの……。でもルークがいるから」

「オーケー! ライティングもリーディングもできるよ。ヒアリングもスピーキングも母国語だから当然。デモ、ニホンゴノモンダイガムズカシイヨ。イッツソーディフィカルト!」

 まあ、そりゃそうだよな。

 日本の英語学習をアメリカ人が見て違和感があるのは、前世を生きたオレならわかる。


「すみません、もう少し静かにしていただけますか」

 図書館員が注意しに来た。

「すみません」

 悠真が代表して謝罪する。

「なあみんな、せっかく集まったけど、今日はここまでにしないか? いろいろと盛り上がって騒いじゃう気がする……」

 悠真の心配はそこじゃない。

 菜々子と絵美はともかく、他の4人が暴走してしまわないか心配なのだ。

 普段は勉強も部活動もちゃんとやるんだが、悠真がからめばストッパーが外れたようになってしまう。

「そうだな。今日はここまでにしよう」

 図書館員に注意されたこともあって、悠真の提案に祐介が同意すると全員がうなづく。

 それでも美咲は立ち上がるときにわざと悠真の肩に手を置いた。

「お疲れさま♡ 悠真」

「お、う、うん」

 次の瞬間には凪咲も負けじと反対側から近づいてくる。

「本当にお疲れさま。今度は私の家で勉強会しない?」

「え?」

 悠真が困惑していると、純美も割り込んできた。

「私の家の方が広いよ!」

「いやいや、うちの方が静かで勉強に集中できるわ」

 礼子も参戦した。

「みんな、図書館の中よ」

 菜々子が小声で注意したが、時すでに遅し。

「すみません、お静かにお願いします」

 再び図書館員が注意しに来た。

「本当に申し訳ありません」

 悠真が深々と頭を下げた。


 この一連の流れを見ていた和子と麻衣子は、確信を持った。

 あの6人は明らかに悠真を取り合っているし、私たちとは違って明らかに進んでいる。

「今日はどうだった?」

 蓮が和子に尋ねた。

「うーん、勉強になったけど……」

 和子は言葉を濁した。悠真と6人の関係が気になるのだ。

 手は当然握っているとして、キスは……?

 まさかその先も?

「何か気になることでもあった?」

「ううん、別に」

 和子の心の中は複雑だった。

 悠真と6人の関係について、もっと詳しく知りたいという気持ちが芽生えている。

 麻衣子も同様だった。

「湊、悠真くんって昔からあんな感じなの?」

「どんな感じ?」

「その……女の子にモテるというか」

 湊は少し考えてから答えた。

「いや……どうだろうな。オレたちがバンドに入ったときには周りにあの6人はもういたし。小学校の頃から人気があったのかは他のヤツらに聞いたほうがいいかもね」

「そうなんだ……」

 まともに答えている蓮と湊は、手をつないでいない。

「私たちも、あんな風になりたいなあ~」

 そう言って手を握る和子と麻衣子であったが、いまだに慣れない蓮と湊は無言になってしまった。


 次回予告 第87話 (仮)『中間テスト直前~ハーレム関係の微妙な変化~』

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