1986年5月11日(日)
「祐介! ゆうすけ! ゆーすけ! ユウスケ! YUUSUKEEEE!」
「うるせえなっ! 遅刻してきたくせに黙りやがれっ!」(蓮)
「珍しいね。悠真がそこまで興奮するなんて」(湊)
「どうしたんだいユーマ。どこかでソーキュートなガールでも見かけたのかい?」(ルーク)
「どうした? オレは遅刻は許さねえぞ。生半可なニュースじゃねえだろうな?」
相変わらずベースを触っていると人格が変わる祐介ではあったが、悠真も遅刻は初めてだ。自転車を急いでこいできて息を切らせていたが、顔を紅潮させて目を見開いている。
祐介の家のガレージは『NYG』(ニッキー&ユーマグループの略)の練習場になっていて、閉め切ると暑いのでシャッターは解放してある。
「決まったんだよ!」
悠真は興奮を抑えきれずに叫んだ。
51脳は冷静なんだが、13脳の興奮が勝っている。女に対してもそうだが、バンドに関しても13脳の方が熱量が高い。
「何が決まったって?」
祐介がベースを置いて悠真を見る。
「7月のニミッツパークのイベントあるだろ?」
「ああ、あの独立記念日のやつだな」
悠真の熱気におされて、それぞれ楽器をおいて話に参加していく。
「その、7月4日のアメリカ独立記念日イベント! 次の日の日曜に開かれる音楽フェスティバルに、オレたちの出場が決まったんだよ!」
「え? 米軍の?」
湊が驚きを隠せない。
「いや、正確にはニミッツパークのとは違うんだけどな。米軍は関係ない。うーん、と……。その米軍基地のバンドが参加する日本のイベントだな……。まあ、でも大勢の前でやれんだぜ!」
要するに米軍主催のイベント、音楽イベントではない。
アメリカの独立記念日のイベントに乗っかって、日本側が開催するイベントである。悠真自身も初めて知ったが、悟から聞く話では佐世保の商工会の青年部会が主体になって開催するようだ。
ニミッツパークの独立記念日のイベントは7月5日の土曜日に開催されるが、悠真がいうイベントは翌6日の日曜日。土曜日じゃ集客に期待ができないだろうとの判断らしい。
名前だけ借りているようなものだ。
「そっか……」
祐介が納得してうなずいた。
「詳しく教えてくれよ」
蓮が身を乗り出した。
「悟兄から聞いた話だと、商工会の青年部ってところが7月6日に野外ライブをやるんだって。米軍基地の外の特設会場で、オレたちみたいな……ていうかほとんど大学生や大人のバンドでやるらしい」
悠真の説明に、メンバーたちの期待が高まっていく。しかし、次の言葉で空気が変わった。
「で、それにオレたちも出られるのか?」
湊が期待を込めて聞いた。
「おお! ただまあ、それが……何と言うか……。持ち時間は30分弱で、しかも昼過ぎの最初なんだ」
悠真の表情が少し曇る。前座という現実を伝えなければならない。
「え?」
「つまり、前座ってことか」
湊の『え?』にかぶせるように祐介が眉をひそめた。
当然だ。
今はハードルが下がっていそうだが、当時(今)の日本では、ロックバンドを始めるには相当な経済的余裕が必要だった。
エレキギター、アンプ、ドラムセットをそろえるだけでも大きな出費で、さらに持ち運びには車も必要になる。そんな中、中学生のバンドが大人たちと同じステージに立てるなど、普通に考えればありえないことだった。
これまで大きなイベントは文化祭と悟の父親のライブハウスの2回のみ。
移動と運搬は保護者頼みだった。
ぶっちゃけた話、両親に相当理解がないと無理である。
そんな中、自分で稼ぐという経済基盤のない中学生など、皆無に等しいだろう。
「前座かよ……」
蓮ががっかりした声を出した。
「So we’re the opening act……」
ルークも少し残念そうだった。
「なーんだ、前座かよ。メインじゃないのかよ」
湊も肩を落とした。
メンバーたちの興奮が一気に冷めていく中、悠真だけは冷静だった。51脳が状況を整理して13脳の感情を抑制している。
「おい、よーく考えろよ」
悠真が真剣な表情でメンバーたちを見回した。
「オレたちって何者だ?」
「え?」
悠真のその言葉に全員が顔を見合わせる。
何を言っているんだ?
オレたちはオレたちじゃないか。
「オレたちは誰も知らない、クソ無名な中2のガキの集まりなんだぞ。それを大人に混じって演奏できるってだけで奇跡じゃねえか」
確かにその通りだった。
1960年代から1980年代にかけて、日本でロックを始めるためには経済的特権と地理的特権の両方が必要だった。
佐世保という米軍基地のある街(正確には同じ県内)に住んでいることで、悠真たちはFEN(Far East Network)を通じて最先端のアメリカンロックに直接触れる機会を得ている。
しかし、それでも中学生のバンドが大人のイベントに参加するなんて、普通では考えられないことだった。
「前座だって立派な出演だろ? これからプロを目指すなら、どう考えても露出度だよ、露出度」
「ろしゅつど?」
祐介が聞き返した。
「まあ、どんだけ人前に出て演奏するかってことだな。そうしないと誰にも知られない。プロなんか夢のまた夢だよ」
実は、悠真はプロなんて考えてはいない。
バンドはモテのツールだと考えていたんだが、仲間と一緒にやるのはたまらなく楽しい。メンバーの中では唯一斜に構えていたが、それでもなぜか、このときは興奮していた。
「そうだよ。アメリカでは前座、オープニングアクトは重要な役割なんだ。Famous bands always have opening acts. It’s a chance to show your talent to new audience!」
ルークが説明した。
後半の英語部分は蓮と湊は理解していない。
「よしっ! じゃあそうと決まれば、何をやるかだな。何をやる?」
全員が納得したところで蓮が口火をきった。
「まあMSGが絶対だな」(蓮)
「いえすあいどぅースコーピオンズもね。やらないとおかしい」(湊)
「オレはモトリだな」(祐介)
「オレはハノイ。あとは……BON JOVIかな……」
本当ならエアロ・スミスやL.A.GUNS、Guns N’ Rosesなんだが、エアロはともかくあとの2つはもっと後だ。
それに知名度を考えれば、今後はボン・ジョヴィのムーブに乗っかるしかない。ガンズは高校に入ってからだ。
悠真はそう判断している。
「ボン・ジョヴィ? ああ、夜明けのランナウェイの……まあ、悪くはないけど……キーボードはどうすんだよ? 文化祭の時はノリでやったけど。あれは悟さんたちの悪ノリで」
ボン・ジョヴィはキーボードを多用したメロディアスな楽曲で、聴きやすくてメロディックで楽しい音楽性を持っていた。だから純粋なHR/HMよりも日本人に受け入れられやすかったんだ。
でもそのことを誰も知らない。
別にメインじゃなくていいんだ。
売れ線の(売れた)曲だけつかみでやれば、それでファンがつく。
悠真はそう考えた。
「まあ、その辺はゆっくり考えればいいんじゃね?」
「そうだな」
ルークは軽いノリだし、蓮と湊はあまり深く考えない。
祐介もモトリーさえやれればいいってことで、なんとかなった。
次回予告 第85話 (仮)『バンド練習三昧と6人のフラストレーション&悠真も』

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