第81話 『どう考えても無理! じゃあどこにいく?』

 1986年(昭和61年)5月4日(日)

 悠真の突然の発言で、美咲たちの顔がパッと変わった。さっきまでキラキラしていた瞳が一瞬で不機嫌マックス。

「えー! なんで?」

 美咲が真っ先に声を上げる。その声は明らかに不満そうだ。

「せっかく楽しみにしてたのに!」

 凪咲なぎさも続いて抗議する。ぷくーっとほおを膨らませて、まるで子供みたいだ。

 いや、実際に子供なんだが(法的には)。

 悠真の頭の中では51脳と13脳がバトルを繰り広げている。

 51脳は冷静に時間計算を続けているが、13脳は6人の落ち込んだ顔を見て『なんとかしろよ!』と大騒ぎしている。

「いや、その、時間的にヤバいんだ」

 悠真は正直に説明を始めた。

「フェリーの最終が5時(17時)5分で、遅れたら帰れなくなるだろ? 今から遊園地と美術館。……それから動物園と水族館を全部回るのは、どう計算しても無理なんだよ」

 礼子が腕時計をチラッと見て、コクンとうなずいた。

「確かに、時間的にはキツいかも」

 控えめだが的を射た分析に、他の女の子たちも現実を受け入れ始める。

 純美あやみが小さく『はぁ〜』っとため息をついた。

「そっか、そうだよね」

 菜々子と絵美は顔を見合わせて、ちょっと寂しそうな表情だ。

 悠真は女子たちのしょんぼりした様子を見て、胸がキュッと痛む。

 相変わらず13脳が『絶対になんとかしろ!』と叫んでるが、現実は変わらない。

 51脳は『現実的な代案を考えろ』と指示を出していた。

「でも、全部諦めるわけじゃないよ。4時半くらいまでに戻って来ればいい」

 悠真は慎重に言葉を選んだ。

「みんなで相談して、一番行きたいところを決めよう。そこでゆっくり過ごす方が、バタバタ回るより絶対楽しいと思うんだ」

 この提案で全員の表情が明るくなる。

「それなら、みんなで話し合おうよ!」

 美咲が提案した。

「私は水族館がいいな〜。イルカのショーとか見てみたい!」

 と凪咲。

 ハンバーガーをあっという間に平らげた凪咲は、もう次の楽しみに思考が飛んでいるようだった。

「あー、水族館ね♪ 今日暑いからいいんじゃない? (買い物したし、もういいかな。この辺で協調性あるとこ悠真にアピールしとこ)」

 買い物(美咲希望)とゲームセンター(凪咲希望)は午前中に終わっていた。

「水族館……。でも、いっかな。動物好きだし♪」

 純美は少し考えてから静かに言った。希望は動物園だったが、海の動物も嫌いではない。

「私は美術館に行きたかったけど、時間が中途半端になるかもね。他は全部外だし」

 礼子は残っていたポテトを口に運びながら、そう言って紙ナプキンで口元を拭く。

「私も……水族館でいいかな」

 菜々子は静かに言ったが、水族館希望はもともと絵美で、周りが水族館ムードになっていたので遊園地は諦めたのだ。

 多数決で一人だけ意地をはっても仕方ない。

 それこそ悠真にワガママな女だと思われてしまう。

 それだけは絶対に嫌だった。

 他の子たちが自分の意見に同意してくれたので、絵美は気まずさと喜びが入り混じった不思議な心持ちになる。

「よし、じゃあ決まりだな! 午後は鹿子前水族館に行こう!」

 悠真が明るい声で立ち上がり、女の子たちの表情にも再び笑顔が戻った。

 マクドナルドを出て、再び四ヶ町アーケードを歩き始める。

 午前中と変わらない配置で悠真の左右は美咲と凪咲が固め、純美と礼子、菜々子と絵美がその外側に並んだ。

 水族館まではバスで約30分。

 バス停で待っている間も、美咲たちはにぎやかに今日の出来事を話し合った。

 ゲームセンターでの盛り上がりや、取れたぬいぐるみをジャンケンで菜々子が当てたこと、礼子のおにぎりが美味おいしかったことなどなど……。

「ねえ、悠真のおにぎり、美味しそうだったね」

 美咲が悠真の顔をのぞき込んで言った。

「ああ、礼子の手作りだからな。美味しかったよ」

 悠真が素直に答えると、美咲は少しだけ唇をとがらせた。

「ふーん、そうなんだ」

 隣にいた凪咲がすかさず口を挟む。

「私のチョコも美味しかったでしょ?」

「もちろん! みんなのプレゼントは全部うれしかったよ」

 悠真は慌てて付け加える。この場での不用意な一言が後々大きな波紋を呼ぶことを、51脳は嫌というほど知っていた。


 あああああ! 面倒くせえ!

 ガマン、ガマンだ。セックスのためだ。

 いや、こう言うとオレがいわゆるサイテーなケダモノ野郎みたいな感じだけど、大なり小なりそういう動機はあるだろ?

 何にでもさ。

 それが単純に性欲だって話だよ。

 その良し悪しは別として、人生色んな場面で同じケースはあるんだよ女子諸君!


 バスに乗り込んで鹿子前水族館へ向かう。

 水族館は海沿いの静かな場所に建っていた。バスを降りると、潮の香りが鼻をくすぐる。

「わあ、海だ!」

 菜々子がうれしそうに叫んだ。

 悠真も含めて全員が海を見るのは初めてではない。

 でもこうやって見る海は、ふだんの海とは違って見えるから不思議である。

 水族館の入り口でチケットを購入し、中へ入った。薄暗い館内には、青白い光に照らされた水槽が並び、色とりどりの魚たちが優雅に泳いでいる。

「すごいね!」

 絵美が目を輝かせて大きな水槽に張り付く。悠真も水槽の中を泳ぐ魚たちを見ながら、少しだけ心を落ち着かせた。

 最初こそ同じ場所で同じものを見ていたが、いつの間にかあれ見ようこれ見ようと、悠真はあっちこっちへ手を引っ張られる。

 ペンギンコーナー、アザラシのプール、そしてお待ちかねのイルカショー。時間の関係で全部は見られなかったが、悠真は可能な限り、皆の希望を叶えようと努力した。

 イルカショー用の屋外プールへ移動すると、観客席は既に多くの人で埋まっている。悠真たちはなんとか前の方の席を見つけて座った。

 ここでまた、座席の位置で小さな争いが発生した。

「悠真の隣に座りたい!」

 美咲が真っ先に悠真の右隣に座る。

「ずるい、私も隣がいい」

 凪咲が左隣に座った。

 残りの4人はその横に座って、結局美咲と凪咲がいつもどおり両隣を確保した。

 礼子は表情を変えずに座ったが、純美と菜々子、絵美は明らかに不満そうである。

 悠真は気まずさを感じながら、なんとか場の空気を変えようと努力する。

「いや~。みんな~イルカショー楽しみだね」

 悠真が明るく言うと4人の表情が少し和らいだが、悠真自身はなんだかコントの状況説明のセリフのようで、内心複雑な気持ちになった。

 ショーが始まると観客席から歓声が上がる。

 プールの中央に2頭のイルカが現れたのだ。

「わあ、カワイイ!」

 菜々子が手をたたいた。

 イルカたちは飼育員の合図に従って高いジャンプを披露する。水しぶきが観客席の前の方まで飛んできた。

「きゃー、水かかった!」

 美咲が笑いながら顔を拭く。

「私にもかかって!」

 凪咲が身を乗り出した。


 おいおい、そりゃ困るぞ。

 君ら2人がれたら必然的にオレも濡れるじゃないか。

 まるでテーマパークのウォータースライダー? ウォーターライド? 濡れるからってレインコートを用意しなくちゃいけない状況だよ。

 いや、いらんし。

 あーもう、だからって準備するとかさ張るしな。

 あれは車があるとき用だよ。

 まあいいか、仕方ない。

 イルカショー、みんなで濡れれば怖くない。

 ん?


 ショーの進行と共に全員が完全に心を奪われた。イルカは輪をくぐったりボールでサッカーをしたり、最後には飼育員と息を合わせて舞う姿まで披露した。

「すごい! 頭いいんだね」

 絵美が感動した様子で言った。

「イルカって、こんなに色んなことできるんだ」

 純美も驚いている。

 30分のショーが終わると、観客席から大きな拍手が起こった。悠真たちも手を叩いて、イルカたちにお疲れ様の気持ちを伝える。

「楽しかったね」

「うん、来てよかった」

「また来たいね」

 悠真が笑顔で言うと、両隣の美咲と凪咲も満足そうだった。

 観客席を出て水族館の他のエリアを見て回る。

 熱帯魚の水槽では色鮮やかな魚たちが泳いでいた。クマノミやエンゼルフィッシュ、見たことのない不思議な形の魚もいる。

「この魚、変な顔!」

 凪咲が水槽に顔を近づけて笑う。

「でも、きれいな色してるよ」

 美咲が隣からのぞき込む。

 タッチプールではヒトデやウニに触れた。

「うわ、ザラザラしてる」

 絵美が恐る恐るヒトデを触る。


 本当か?

 全員ヒトデもウニも初めてじゃないだろう?

 カマトトぶってんのか?


 悠真はそう思いながらも、まあ、色んな意味で女の子なんだなあ、と感慨深げだ。

「私も触ってみる」

 菜々子が続いた。

 悠真は女の子たちの楽しそうな様子を見ながら、今日の判断は正しかったと思った。時間に追われて慌ただしく回るより、ゆっくり楽しめる方がいい。

 水族館を一通り見て回ると、15時30分になっていた。

「そろそろ帰る時間だね」

 悠真が時計を確認すると、全員が少し残念そうな表情を見せた。

「もう? 楽しかったのに」

 美咲が名残惜しそうに言う。

「でも、フェリーに乗り遅れたら大変だからね。また今度来よう」

 そう悠真が提案すると、みんなが明るい表情を見せた。

「そうだね。今度は一日中いられるといいな」

 菜々子が期待を込めて言った。

 水族館を出て、帰りのバスを待つ。

 港までは約30分。

 フェリーの出発時間まで1時間ほどあったが、バスの中では今日の思い出話に花が咲いた。

「イルカショー、すごかったね」

「UFOキャッチャーで取ったぬいぐるみも可愛かわいかったし」

「礼子のおにぎり、本当に美味しかった」

 それぞれが今日の出来事を振り返り、悠真は彼女たちの会話を聞きながら、今日一日を総括した。

 朝の修羅場から始まって、午後のスケジュール変更、そして水族館での楽しい時間。

 51脳の悠真は冷静に分析している。ハーレム管理の難しさは改めて実感したが、今日の経験は今後の参考になる。

 不純な動機こそパワーになるのだ。

 経験則である。

 13脳の悠真は素直に楽しかった。


 バスが港に到着すると、既に多くの乗客がフェリーを待っていた。

「時間に余裕があってよかったよ」

 悠真がホッとした表情を見せると、女の子たちも安心した様子だ。

「悠真、今日はありがとう」

 美咲が素直に感謝を述べた。

「楽しかったよ」

 凪咲も続いた。

「私も楽しかった。また一緒に出かけよう」

 純美が提案すると、他の4人も賛成した。

 フェリーに乗り込んで、五峰町に向かう。

 夕日が海を染めて、美しい光景が広がっている。

「きれい~」

 絵美が窓の外を見つめながらつぶやいた。

「今日一日、夢みたいだった」

 菜々子も同じ表情で海を見ている。

 悠真は6人の横顔を見ながら、今日の成功を実感した。

 ただし、合同デートはリスクとリターンで考えるとリスクが大きい。

 個別デートのほうがいい。


 そう結論づける悠真であった。


 次回予告 第82話 (仮)『キスとハグの菜々子とハグの絵美』

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