1986年(昭和61年)5月4日(日)<風間悠真>
オレは後ろを振り返って、6人の女の子たちがちゃんとついて来ている確認する。
さっきまでアクセサリーショップで盛り上がっていた美咲、凪咲、純美の3人に対し、菜々子と恵美は少し遠慮がちだった。
礼子は相変わらず余裕のある態度を崩さない。
恵美のハンカチや礼子のおにぎり。
全員が全員を意識して、ライバル心を燃やしている。
あーもう!
面倒くせえ!
そう思ったんだが、51脳がリスクとリターンを淡々と頭の中で語る。
代償のない成果はないんだ、と。
6人全員とセックスするというオレの目的のためには、我慢だ。
アーケードを進み、目的のゲームセンターが見えてきた。
入り口からは電子音が鳴り響き、筐体の光が漏れ出している。
ゲームセンターは不良の溜まり場のイメージが多少は残っていたが、健全な若者も多く集まっていた。いや、むしろその傾向が強く、店内も明るくて広々としている。
それに今は日曜日の昼間。
不良はいない。
「わー、すごい音!」
恵美が目を丸くする。
「ゲームセンターなんて、初めて来たかも!」
菜々子も興奮した様子だ。卓球部で運動は得意なはずだが、インドアな遊びはあまり経験がないのかもしれない。
中に入ると、さらに音と光の洪水に包まれた。
インベーダーゲーム、ギャラガ、クレイジークライマー。最新のゲームがいくつもある。壁際にはパンチングマシーンや、UFOキャッチャーをはじめとした景品ゲームが並んでいた。
「なーにやろっかなー!」
凪咲が目を輝かせながら、ゲーム機の間を縫うように進んでいく。彼女はこういう場所が好きそうだ。
「あ、これやったことある!」
美咲が立ち止まったのは、対戦型のレーシングゲームだった。
「一緒にやろ、悠真!」
美咲が悠真の腕を引っ張る。悠真は反射的に『いいよ』と答えたが、ふと他の女の子たちの視線を感じた。
凪咲は既に別のゲーム機の前でコインを入れようとしている。
純美と礼子は少し離れた場所でゲームの種類を見定めていて、菜々子と恵美も、とりあえずどんなゲームがあるのかチェックしていた。
それぞれ独自の行動をしているが、お互い何をしているかのセンサーは敏感なんだろう。
「あ、でも、みんなで一緒にやれるゲームがいいかな?」
悠真は美咲にそう言いながら、パンチングマシーンの前へ移動した。
「これ、みんなで順番にやってみようよ! 誰が一番強いか競争!」
パンチングマシーンは力自慢の男子が集まるイメージがあるが、悠真はあえてこれを選んだ。
単純明快で誰でも参加しやすい。
最初は遠慮していた女の子たちも、悠真の勧めで順番に挑戦し始めた。
「えいっ!」
美咲が小さな声を出してパンチする。
表示された数字はそれほど大きくないが、楽しそうだ。
凪咲はもっと力強くパンチした。
「 「 「わー、すごい!」 」 」
と歓声が上がる。
順番に挑戦していくのだが、それぞれの個性がパンチに表れるのが悠真にとって面白かった。
そして悠真の番。
51脳は『ここは適当にやっておこう』とささやいたが、13脳が『かっこいいところを見せたい!』と主張する。
結局、少しだけ力を加減してパンチした。
表示された数字は、男子としてはまあまあだが、女子たちからは『すごい!』と感嘆の声があがった。
「悠真、強いんだね!」
菜々子が目を輝かせる。
「ああ、うん。まあね」
この単純な競争は、意外にもみんなの緊張を解きほぐしたようだ。
パンチングマシーンで盛り上がった後、悠真はみんなを連れて、少し奥にある景品ゲームのコーナーへ移動した。
「わあ、カワイイぬいぐるみがいっぱい!」
恵美の声が弾む。
UFOキャッチャーには、当時人気のキャラクターのぬいぐるみが並んでいた。
「これ、取れるかな?」
純美が機械の前で首をかしげる。
「やってみる?」
悠真が100円玉を出すと、純美は嬉しそうにうなずいた。
レバーを操作して、クレーンを動かす純美。慎重にぬいぐるみを狙うが、なかなかうまくいかない。
「あー、惜しい!」
「私もやってみる!」
美咲が交代し、今度は別のぬいぐるみを狙った。
6人の女の子たちが次々と挑戦するが、なかなか景品は取れない。
「悠真、やってみて!」
凪咲が期待のまなざしを向ける。
ここでオレ? ?
予想はしていたが、悠真は苦笑いしながらコインを入れた。
前世でもUFOキャッチャーは得意ではなかったが、ここで格好悪い姿は見せられない。
慎重にレバーを操作し、クレーンをぬいぐるみの上に持っていく。
グッとつかんで持ち上げる瞬間、微妙にずれたが、なんとか景品口に落とせた。
「やった! すごい!」
女の子たちから歓声が上がる。
取れたのは小さなクマのぬいぐるみ。悠真はそれを手に取って、6人を見回した。
「誰にあげ……いや、どうしようか?」
この質問は危険だった。
6人の視線が悠真に集中する。
「あ、そうだ! 今度はみんなでジャンケンしよう。勝った人にプレゼントするよ」
悠真の提案に全員が納得したが、その結果、菜々子が勝った。
「やった! ありがとう、悠真!」
菜々子はうれしそうにぬいぐるみをなでる。
他の子たちは少し羨ましそうだが、ジャンケンの結果なので文句は言えない。
ゲームセンターで1時間ほど過ごした後、次の目的地へ向かう。
前世で、じゃあどうせいっちゅうねん(なぜか関西弁)! のケースは多々あった。
男(オレ)は理性的に考えて、解決方法を探したり、誰もが納得はしなくても、妥協案を探ろうとする。
女とこれを話すとウキーッっとなる。
説明が難しいが、個人差はあるとしても、やっぱり女は子供のころからそうなのか?
「そろそろお昼の時間だね」
礼子が時計を見ながら言った。
「お腹空いた!」
凪咲が正直に言うと、みんなから笑い声が上がる。
ランチはハンバーガー。
金銭的な面もあるが、嫌いな人がいないのも選んだ理由の1つだ。
目的地は、四ヶ町を横断する道に出て少しだけ進むとあるバーガーショップだったが、お店のサイズはキッチンカー程度。
悠真は忘れていたが、以前食べた佐世保バーガーショップはテイクアウト専門で、しかも行列ができている。
なので、去年できたばかりのマクドナルドに変更。
日曜日で混んでいたが、それでもなんとか1つのテーブルを囲んで座れた。
悠真が端の席に座り、隣には自然と美咲が座る。その隣が礼子で、向かい側には凪咲と純美が座っている。
菜々子と恵美は別の席になってしまった。
「うーん……」
悠真は考えている。
大きなテーブルは床に据え付けてあって動かせないが、近くにある2人用のテーブルは動かせる。
「すみませーん。後でちゃんと戻しますし、はじっこなので通行の邪魔にもならないと思うんですけど、テーブル寄せてもいいですか?」
悠真は店員に声をかけ、許可を得ると、近くにあった2人用のテーブルを自分たちのテーブルの横に寄せた。
これで全員が同じテーブルを囲める。
「よし、これでみんなで座れるね!」
悠真の言葉に、菜々子と恵美もニコニコしながら移動してきた。
凪咲と純美の隣に並んで座ると、テーブルを挟んで悠真たち3人の向かいに4人が並ぶ形になる。
注文を終え、ハンバーガーやポテト、ドリンクが運ばれてくると、みんなは待ちきれない様子で食べ始めた。
「おいしい~!」
美咲が頬を膨らませながら言う。
「うん、佐世保バーガーもいいけど、たまにはマクドナルドもおいしいね」
純美も笑顔でうなずく。
凪咲は黙々とハンバーガーにかぶりついている。
うーん、やっぱり中学生。
色気より食い気なんだろうか?
そんな悠真の脳内だったが、菜々子と恵美は、少し遠慮がちにポテトをつまんでいた。
いや、好きな男子(オレ)の前でがっつきたくはないんだろう。
人間は思いたいように脳内で事実を変換する。
悠真の搭載している51脳は冷静だが、13脳が都合良く変換しているのだ。
「菜々子、恵美、どう? おいしい?」
悠真が尋ねると、2人は顔を上げた。
「うん! おいしい~!」
2人の素直な反応に、悠真はうれしくなった。
礼子は落ち着いて、ゆっくりとハンバーガーを食べている。
時々悠真の方を見てほほえむのだが、他の女の子たちには少し気になるようだった。特に美咲と凪咲は、その度にチラチラと礼子を見ている。
食事をしながら、午後の予定を確認した。
「次は玉屋の遊園地だよね?」
「その次は美術館ねー」
菜々子が期待を込めて言うと、礼子が確認した。
「最後は動物園と水族館だな」
悠真はスケジュールを整理したが、午後に遊園地と美術館と動物園と水族館……。
ちょっと厳しいか?
脳裏に不安がよぎった。
51脳は完全にヤバいモードに入っている。
五峰に戻るフェリーの最終は17:05だから、少なくとも15~30分前には戻っておきたい。
遅れると、大事故になる。
食べ終わって玉屋にいって1時間? それから美術館で1時間?
近いからいいが、美術館はまだしも、遊園地は1時間で終わるか?
今は12時36分。
45分に食べ終わって移動時間15分として、13時から美術館、14時までみて、その15分後に玉屋。
終わるのが15時15分。
仮に15時30分のバスに乗って動物園にいったとしても、到着は16時。
17時5分のフェリーには間に合わん。
どう考えても無理やん。
チーン。
「あのさ、ちょっといいかな?」
悠真は午後のスケジュールが無理だと、思い切って全員に告げた。
「えー! なんで?」
次回予告 第81話 (仮)『どう考えても無理! じゃあどこにいく?』

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