第17話 『計算違いの商会創設記~現実は甘くない~』

 1590年9月19日 オランダ ライデン

 突然だが、三人は商会を設立した。

 兄であるマウリッツから、弟とはいえ国民の税金を使う以上、なあなあにはできないと言われたのだ。

 その点において、商会の名目上の責任者としてシャルルを任命する考えは悪くない。

 まず、大人であり、社会的な信用もある。

 オランダ独立の英雄の一人であるホールン伯(フィリップ・ド・モンモランシー)の息子で、爵位継承候補者なのだ。

 商会名も、秘密基地と同様にカンカンガクガクの議論(?)が交わされた。

 それぞれの名前を冠した商会名は無難ではあるが、面白みに欠ける。シャルルはあまり興味を持っていなかったが、結局のところ資金の一部(あるいは大部分)は自分が出すのだ。

 中二病の議論に加わるのも悪くない。

 そう考えていた。

 ――結局。

 商会名は『暁の方舟はこぶね商会(Dawn Ark Company)』に決まった。

『暁』は新しい時代の夜明けを、『方舟』は未知の世界を切り開く象徴となる。未来を運ぶ船としてのイメージと、中二病的な壮大さを兼ね備えている。

<フレデリック>

 塩に関しては、市場に正式にクレームを入れなくちゃいけない。

 子供だと思って適当に答えたのかもしれないが、よく調べてみると、輸送費が驚くほど安い。何が価格の3分の1から半分だよ!

 ※塩の輸送コスト

 ・ポルトガルからアムステルダム

 1ラストあたり約19.75~21ギルダー。

 1ラストは2,000kgに相当し、4,409lb(ポンド)。

 これにより、輸送費は1ラストあたり395スタイバーから420スタイバーとなる。

 1lbで約0.090スタイバーから約0.095スタイバー。

 1割じゃねえか! ……まあ、それは置いておこう。

 それに、度量衡が適当すぎる! ! !

 確認していなかったオレが悪いんだけどさ。

 統一基準がないから仕方がないけど、1ラストの重さが1,800kgから2,400kgまで幅がありすぎ!

 塩は一般的に2,000kgらしいけどね――。

 フレデリックは、リューネブルク産の塩の輸送費を考慮に入れなかった。

 地産地消(そして輸出)を予定しているのだから、これは当然だ。

 ドイツからの輸送費を知っても、あまり意味がない。

 要するに他の塩よりも売れて、利益が得られればそれでよいのだ。

 塩業ギルドとの話合いは、正式にマウリッツを通じて行っている。

 ギルドマスターははじめは|怪訝《けげん》な顔をしていた。

 6歳の小僧がやってきたのだから当たり前である。

 しかし今では、製造から販売までを任せ、利益の折半などを取り決めて、最終的な製造作業に取りかかっている。

 とはいえ初めての試みであり、試行錯誤の連続であった。

 まず、オランダでは塩を生産していない。

 やっているのは販売と、フランスやポルトガルから輸入した塩の再精製だ。

 そのためフレデリックは、当初の計画どおり海水をくみ上げるポンプの製造に着手した。設計図を鉄工・鋳物ギルドに渡し、数日間の作業を経て、無事に完成する。

 次に、そのポンプを使った揚水量がどの程度なのか?

 この検証に入った。

 当然、人力でくみ上げるよりも効率が良くなければ、意味がない。

 その結果。

 手動ポンプを上下させる単純作業は単調な繰り返しのため、非常に苦痛なのだ。

 手動ポンプの1回あたりの海水揚水量は0.5~1リットルである。1分間に24回操作すれば、8時間の作業で合計5.8~11.5トンの揚水が可能であった。

 しかし人間である以上、疲労の蓄積を考えれば、1人で8時間連続して働くのは現実的ではない。

 2~3人で交代しながら休憩を取りつつ、実施可能な量を測定したのだ。

 これで1日あたりの平均揚水量が判明した。

 約8.65トンである。

 観測所に行って確認したところ、雨天日以外は平均で年間233日だった。

 年間で合計2015.45トンとなる。

 ここから生産される塩の量は68.51トン。この生産量に対する人件費は、3人分(170ギルダー×3)である。

 運搬やかん水を煮詰める作業には、交代で約10人が必要だった。

 そのため、年間の人件費は1,700ギルダーとなる。

 次に燃料費だが、石炭ではなく泥炭を使った。

 かん水(濃度11%)622.86トンをさらに煮詰めて精製するには泥炭が209トン必要である。

 これは枝条架を使って、どの程度揚水した海水を循環させれば最適なのかを試行錯誤して算出した。

 1トンあたり0.5ギルダーなので、燃料費は104.5ギルダーとなる。

 仮に熱効率が30~50%に低下したとしても、418トンと考えて209ギルダー。

 合計68.1トンの塩を生産するためのコストは、諸経費を含めて2千ギルダーとなった。

 1|lb《ポンド》あたりのコストは、2千ギルダーを15万135lbで割ると、0.27スタイバーである。

 1ヘクタールあたり68.15トンの生産が可能で、1lbで1スタイバーの場合、利益は5千480ギルダーとなるのだ。

 しかし、これはあくまでポルトガル産の天日塩の価格であった。

 リューネブルク産と同等の品質を製造できるのだから、2スタイバーでも、合計で1万2千986ギルダーの利益が出る。

 あとは生産量を増やすだけだ。

 現在、ギルドとの最終調整を進めている。

 人を増やし、設備を増やして増産すれば、例えば年産220トンの場合、利益は41,921ギルダーとなる。

 商会の利益はギルドと折半であるから約2万ギルダーとなった。

「よし、塩はメドがたったな」

 フレデリックは胸をなで下ろしているが、砂糖だけでなく塩や石けん、ロウソクの利益率の計算も、彼がマウリッツに提案した時とは大きく変わっている。

 余分なコストや見落としがちなコスト、さらには基本的な価格設定自体に誤りがあったのである。

 じっくりと時間をかけていくと、それが次第に明らかになってきた。

 大見得を切ったフレデリックだったが、結局のところ、彼は科学畑の人間だったのだろうか。

 次は石けんである。

 価格は二の次で、適正な価格で販売し、十分な利益が得られればそれでいい。

 獣脂はロウソクの原料としても使用されるため、その存在を無視しての大量生産は不可能だった。

 オリーブオイルは原材料費や輸送費が高い。

 そこで魚油を考えたわけだが、ここでもコスト計算にズレが生じた。

 まず、搾油効率を考慮した場合、50kgの魚油を得るためには1トンのニシンが必要となる。

 その原材料コストは95.31ギルダーであった。

 精製に必要な酸性白土はフランスから輸入するが、その価値は知られていない。そのため原価はないに等しい。輸送費も誤差の範囲内であるから

 コストには含めない。

 精製油の重量は約29kg(63.92lbポンド)となる。

 1lbあたり1.49ギルダー……。

 だめだ。

 商売にならん。

 販売価格が商売の成否を左右するのだが、1lbあたり2ギルダーで売っても利益は出る。

 でも、誰も買わんぞ。

 フレデリックはため息をついた。

 これは、ニシンを商品として計算したために、結果が不自然になってしまったのだ。

 洋上でさばいた魚を利用して作った塩漬けニシンを原料にしようと考えたから、原材料費が高く付く。

 だから、国内の加工場や飲食店等で出る、いわゆる腸(ハラワタ)等の廃棄物から油を抽出しよう。

 と、結論に至ったが、フレデリックは納得できなかった。

 砂糖も微妙であるし(もうかるんだが)、塩も同様に微妙だ(これも儲かる)。

 そこで、フレデリックは前回の会合で耳にしたヒマワリを思い出した。

 !

 サンフラワーオイルだ。

 ヒマワリ油。

 これなら大量に生産できるし、大がかりな設備投資も必要ないので、ほぼ人件費だけで済む。

 廃棄物からの材料確保の可能性を残しつつ、魚油の製造は一時中止したのだ。




 ヒマワリの栽培から搾油し、それを原料に石けんとロウソクを製造する計画に移行した。




 次回予告 第18話 (仮)『ヒマワリで今度こそ! 気合い入れたところでコストはかわらんのだがね』

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