第23話 『科学兵器初陣とアルゴン仮説』

 王国暦1047年11月13日(火)12:23:36=2025年9月7日 18:00:00 <田中健太>

「寒っ!」

 湿った岩肌と重苦しい空気、鼻を刺すアンモニアとカビの匂いだ。

 あまりの寒さに、洗濯していない中世の服に着替えて、オレたちは進む。

 昼過ぎなので少しは光が差し込むけど、洞窟内は暗いから懐中電灯を点けて前進した。

 マルクスは隣で警戒している。

 エリカや子どもたちも緊張した表情を浮かべていた。

「ねえあなた……何か、いない?」

 洞窟を抜けて森に出た直後、レイナがささやいた。

 ――その時。

 静まり返った空気の中で、木々の奥に獣の目みたいな光がいくつも浮かんだ。

 姿を現したのは狼に似た異形の魔物。

 硬そうなウロコに覆われて、背には骨の突起が並んでいる。

 5匹の群れの中心には一際大きな個体がいて、半円を描くようにオレたちに迫ってきた。

「エリカ、ルナ! 後ろに下がって!」

 オレが叫ぶのと同時に、マルクスがタクティカルライトを照射した。

 森が白光に包まれて、魔物たちは悲鳴をあげて混乱する。

 その隙にオレはLRADを展開して、今まで聞いたことのない音、というより衝撃波を放った。

 視覚も聴覚も封じられた魔物たちはのたうち回り、やがて戦意を失って逃げ去っていく。




「……行ったな」

 緊張を解いたオレたちはホッと胸をなでおろした。

 警備会社で調達した武器が生き延びる鍵になったのは間違いない。

 王都に戻ったらさっそく反撃計画を立てよう。




 ■王国暦1047年11月13日(火)13:53:36=2025年9月7日 18:00:37 王都 自宅

「みんなに重大発表がある」

 作戦会議を始めようとオレが話そうとしたら、ルナがいきなり声をあげた。

 あまり前面に出るタイプじゃないので、オレはちょっと驚いている。

 マルクスやエリカも、驚いた顔でルナを見ていた。

 いつも控えめで、専門的な助言をくれるときはあっても、積極的に前には出ない。

 その彼女が全員の注目が集まる中で、はっきりとした意志を持って立ち上がったのだ。

「ルナ? どうしたんだ、急に」

 オレが尋ねると、彼女は一度深く息を吸い込んだ。

「さっきの戦いで確信したことがあるの。私、もしかしたら……この世界の『魔法』の正体が分かったかもしれない」

 何だって?

 魔法の秘密?

 部屋の空気が変わった。

 魔法の正体……誰もが当たり前に受け入れてきた超常現象。

「正体だって? 魔法は魔法だろ?」

 マルクスがいぶかしげに言う。

 当然の反応だ。

 オレと同じ。

 でもルナは静かに首を振った。

「ううん。私は違うと思う。あれは物理法則の中で動く、ひとつのシステムなんじゃないかって。ずっとそう考えてたの」

「システム?」

 とオレは聞き返した。

「うん。だって考えてみて。魔法には必ずルールがあるじゃない」

 ルール? ルールって……?

 彼女は工房を襲撃してきた魔法省の役人を思い出すように、目を細めた。

「魔法は基本的に詠唱が必要よね。何が来るか分かるから、対策もできる。もし無詠唱だったとしても、物体を作んなきゃいけないから、飛んでくるのに時間がかかる。その間に防御したり物理的に避けたりもできる」

 確かに火魔法なら耐火性の盾を、風も土も水も、属性が違うだけで、ランクが同じなら運動エネルギー(と仮定しよう。要するに威力ね)は同じだ。

 ルナの言葉に、工房でなすすべもなくやられたときの光景が、オレの脳裏によみがえる。

 言われてみれば敵の攻撃には予兆があった。

「でも、さっきの私たちの攻撃はどう?」

 彼女は、真剣な目で続ける。

「マルクスがライトを点けた瞬間、魔物はすぐに何も見えなくなった。ケントがLRADを起動したら、立っていられなくなった。私たちの科学兵器は、誰もが未経験の、予備動作と到達時間なしの攻撃なのよ」

 まじか!

 これは、やり方によっちゃ勝てるかも。

 もしかしてオレたちは、この世界の戦闘の常識を覆したのかもしれない。

「この事実が、私の仮説を裏付けてる」

 とルナは言った。

「魔法は万能じゃない。詠唱や魔力操作のプロセスが必要な、1つの技術体系に過ぎない。そして、エネルギー源が私たちの身近……例えば、この『空気』の中にあるんじゃないかって。これが、私の仮説」

 彼女の論理の道筋がやっと見えた。

 魔法戦闘における絶対的なルールと、自分たちの科学兵器の優位性を比較して、そこから『魔法の正体』に迫ろうとしていたんだ。

「それがこの世界の大気中に含まれている、特定の『元素』なんじゃないかって。私たちの世界にも存在する、ありふれた元素。例えば……そう、アルゴンのような」

「アルゴン?」

 聞き慣れない単語に、レイナが首をかしげる。

「地球の空気に含まれる、不活性ガスの一種よ」

 とエリカが補足したけど、レイナとアン、そしてトムはちんぷんかんぷんのようだ。

 当然だ。

 あとでちゃんと説明しておこう。

「まだ、ただの仮説だよ? でも、もし本当にアルゴンがマナだとしたら、私たちの未来は大きく変わるかもしれない」

 彼女は、少し興奮したみたいに早口になった。

「ファンタジーみたいだけど、空気中からアルゴンだけを集める『濾過装置』が作れたら? どんな大魔法使いでも魔法が使えなくなるかもしれないよ。逆に高濃度に『凝縮』して貯蔵できたら?」

 ルナは、オレの顔をじっと見た。

「私たちみたいな魔法が使えない人間でも、それを動力源にした『魔導具』を作れるかもしれない。バッテリーを交換するみたいに魔力切れを補充できて、空気がある限り、半永久的に使える機械が……。もちろん、これはずっと先の可能性の話」

 ルナが語るのは、まだ見ぬ未来の夢物語だった。

 でもオレたち技術者にとっては何よりも心躍る具体的な目標になる。

 魔法は手も足も出ない絶対的な力だけど、いつかは制御できるかもしれない可能性だけで、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 オレが戦術的な可能性に思考を巡らせていると、マルクスが低い声でつぶやいた。

「それだけじゃない……。もし、そのアルゴンとやらを、高純度で抽出できるなら……話は全く変わってくる」

 目の色が変わった。

 まさしく研究者の目だ。

「どういうことだ、マルクス?」

「アルゴンは不活性ガスだ。つまり、他の物質と反応しない。地球じゃ、精密な溶接や金属精錬の時に、酸化を防ぐためのシールドガスとして使うんだ。もし、高純度のアルゴンで満たされた空間で金属を鍛えれば……不純物の混入を極限まで抑えた、理論上最強の金属が作れるかもしれない。オリハルコンの精錬にだって、応用できる可能性がある」

 マルクスの言葉に、今度はオレが息をのむ番だった。

 冶金学者である彼にとって、ルナの仮説は『魔法を無力化する』だけに留まらない。『未知の超金属を生み出す』ための、革命的な技術の発見なのかもしれなかった。

「すごい……。つまり、科学の力で、魔法に対抗できるかもしれないってこと?」

 エリカが興奮を隠しきれない様子で言った。

 その問いにルナが力強くうなずく。

「可能性は十分にあると思う。だからお願い。まずは仮説を検証させてほしい。私たちが持ち帰った機材を使えば、大気の成分を分析できるはず。本当にアルゴンや未知の元素が含まれているのかどうか……それを確かめたい」

 ルナの真剣な訴えに異を唱える者はいない。

 オレたちの反撃計画は、今、確かな理論的支柱を得た。

 魔法を科学で解明する。

 そのための戦いが、今、始まろうとしていた。




 次回予告 第24話 『MPとマナの謎。そして銃武装決断』

 ケントたちは洞窟を抜けた森で狼型魔物に遭遇するが、科学兵器(タクティカルライトとLRAD)で撃退に成功する。

 帰宅後、ルナが魔法は超常現象ではなく物理法則に基づくシステムだと仮説を立てる。

 科学技術による魔法無効化装置や人工魔導具の開発、さらにマルクスによる超金属精錬への応用も議論され、科学の力で異世界の常識を覆す反撃計画が始動する。

 ルナのアルゴン仮説に衝撃を受けたケント。

 異世界の魔法システムに隠された真実とは?

 そして印刷機破壊事件を受け、ついに下される重大な決断——

 科学vs魔法の戦いが新たな局面を迎える中、

 現代技術は異世界の脅威に立ち向かえるのか?

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