第21話 『携帯型音響兵器 LRAD 100X~銃火器設計図と爆薬製造目的その他の化学薬品~』

 王国暦1047年11月13日(火)07:23:36=2025年9月7日 13:00:00 渋谷

 健太とエリカが病院で山城と交渉している頃、マルクスたちの一行は渋谷にいた。

 スクランブル交差点の人の波に、レイナとアン、そしてトムは圧倒されている。巨大な広告映像が高層ビルに映し出されて、周囲は常に騒がしい。すべてが彼らにとって未知の世界だった。

「お母さん、すごい人の数だね。お祭りでもあるのかな……」

 アンがレイナの手を強く握りながら、不安そうに周りを見渡した。

「ええ、本当に……。これがいつもの光景なのかしら」

 レイナも目の前の光景に圧倒されていた。

「相変わらず、すごい人の数だな……」

 マルクスがうんざりした声を漏らす。

「急ごう。時間は限られている」

 冷静なルナに促され、一行は目的のビルへと向かった。

 目指すのは雑居ビルの一角にあるセキュリティ会社『角紅セキュリティパートナーズ株式会社』。日本を代表する総合大手商社『角紅』グループの提携会社であり、健太の大学時代の親友、日向が経営する会社だ。

 受付で事情を話すと、奥から人の良さそうな男が現れた。

「健太の……代理?」

 日向はマルクスの言葉をいぶかしげに繰り返した。

「はい。田中健太は、今、非常に困難な状況にあります。そこで、かつての約束を果たしていただきたく、我々が参りました」

 マルクスは単刀直入に切り出した。話しぶりが硬い。

 これほど重要な交渉事は初めてに近い経験だからかもしれない。

 かつて日向は健太に言った。

『お前が本当に困ったときは、どんなことでも絶対に助ける』と。

 日向の表情が険しくなった。

「約束は覚えている。でも君たちを信用するわけにはいかない。健太はどこにいるんだ?」

「詳しくは話せませんが、彼が困っているのは確かです。そして彼を救うためには、あなたの力が必要なんです」

 マルクスは懐から一通の書類を取り出した。健太の預金通帳のコピーと、委任状だった。

「お金はあります。ある物を調達していただきたい」

 日向は書類に目を通して深く考え込んでいる。

 友人からの委任状と目の前の見知らぬ外国人と子供たち……。

 状況は異常だったが、日向の脳裏には、健太とかわした固い約束が焼き付いていた。

「……仕方ないな。何が欲しいんだい?」

 日向が重い口を開くと、マルクスは待っていましたとばかりに、リストを差し出す。

「これです。携帯型音響兵器『LRAD(エルラド) 100X』。購入を前提に、まずはレンタルで手配をお願いします」

「LRADだって? 民間人が持つ代物じゃないぞ。一体何に使う気だ」

 日向の驚きはもっともだ。暴徒鎮圧などにも使われる強力な音響装置である。

「敵対勢力への警告と無力化のためです。オレたちは、殺傷を目的としていません」

 敵対勢力……。

 マルクスの真摯な目に、日向は何かを感じ取ったのかもしれない。しばらく天井を仰いでいたが、やがて腹をくくったようにうなずいた。

「分かった。ただし条件がある。レンタル期間は1週間。もし健太に会えないまま、コイツが犯罪にでも使われたら、オレは警察にすべてを話す。それでいいな?」

「感謝します。約束は守ります」

 マルクスが深く頭を下げると、日向はリストの残りに目をやった。そこには化学薬品や工具など、渋谷を出て秋葉原やアメ横まで足を延ばさなければ手に入らない品々が並んでいる。

「待て。君たちだけでこのリストの物を買いに行くのか? 特に子供さんたちも一緒じゃあ、日が暮れてしまう」

 日向はリストに書かれた化学薬品の名前を見て眉をひそめた。

 健太の友人を名乗る一行が、一体何をしようとしているのだろう? 疑念は完全には晴れていなかった。それでも健太を助ける約束は果たさなければならない。

「悪いことは言わない。オレの部下を1人つけよう。渋谷や秋葉原界隈には詳しい男だ。そいつに案内させる。健太のためだ、費用もひとまずウチで立て替えておく」

 その申し出は、マルクスたちにとって渡りに船だった。

「ありがとうございます。じゃあオレたちは二手に分かれていこう。オレとルナは別行動で、専門的な機材を調達したい」

 こうして、一行は角紅セキュリティの前で二手に分かれた。

 日向は若い男性社員を1人呼びつけると、レイナたちの持つリストのコピーを渡し、経費で落とせるようにタクシーのチケットと法人カードを手渡した。




 ■Aチーム:マルクスとルナの行動

 マルクスとルナがまず向かったのは、大通りから1本入った場所にあるネットカフェだった。彼らの目的は物理的な物資ではない。地球の技術文明が生み出した、膨大な知的財産の確保だ。

「ルナ、オレは火縄銃からアサルトライフルまで、構造が分かる設計図を片っ端からダウンロードする。それと、旋盤とフライス盤、ボール盤の設計図。動力はまずは水車か、蒸気機関に応用できるシンプルな構造のものだな」

「分かった。私は火薬と、雷管に使う雷汞らいこうの化学式と製造法を検索する」

 2人は個室に入ると、凄まじい集中力でキーボードを叩き始めた。

 特許情報データベース、デジタル化された軍の技術マニュアル、3Dプリンター用のCADデータ。

 2人はそれらの情報を貪るようにダウンロードし、備え付けのプリンターでA3用紙に次々と印刷していく。

 紙の束は、みるみるうちに分厚い辞書ほどの厚さになった。同時に複数の大容量USBメモリにもすべてのデータがコピーされていく。




 ネットカフェを出た2人が次に向かったのは、秋葉原の電子部品街やガード下の工具専門店がひしめくエリアだった。

「……これだ」

 マルクスは、工具店で見つけたマイクロメータを手に取り、懐かしみながら感触を確かめた。

 カチカチと心地よい音を立ててダイヤルを回す。

「0.01ミリの精度……。これさえあれば、オレたちの『仕事』ができる」

 異世界に来て以来、初めて得た確かな手応えと安心感がこもっていた。異世界では決して手に入らない、近代技術の根幹をなす「基準」。その存在が、彼の冶金学者としての魂を再び奮い立たせた。

 彼らはリストに基づき、異世界で工作機械をゼロから作り出すための核心部品を、迷いなく購入していく。




 ■Bチーム:レイナ、アン、トムと日向の部下の行動

 一方レイナたち3人は、日向が手配したスーツ姿の若い男性社員に案内されて、法人契約のタクシーでアメ横に来ていた。

「奥様、まずはこちらのミリタリーショップになります」

 男性社員は慣れた様子で店を案内し、会計も渡された法人カードでスマートに済ませていく。

 彼にとって、これは社長命令による『VIPの送迎および買い物の代行』業務だった。

「お母さん、見て……! この黒い武器、すごい! 見たこともない不思議な形だ……!」

 トムは、ガラスケースに並べられたガスガンを食い入るように見つめていた。

 銃刀法に抵触しないように、威力は厳しく制限されている。

 それでもずっしりとした重みと金属の冷たい感触、そして精巧な作りは、剣や弓しか知らないトムを興奮させるには十分だった。

 レイナはリストに従って、威嚇や魔法詠唱の妨害に有効ないくつかのモデルと、狙撃用のスコープ、大量のガスボンベとBB弾を男性社員に伝えて購入してもらう。

 その後、彼らはアメ横の騒がしさの中に紛れていった。

 次の目的地は化学薬品の専門店や、表向きは園芸用品店を装っている店。

 ルナから指示された硝酸アンモニウム(肥料)や硫黄、アルミニウム粉などを、男性社員が怪しまれないように少量ずつ複数の店から手際よく買い集めていったのである。

 夕暮れの空が迫る頃、2組は上野駅で合流した。

 大人1人につき台車1台ほどの荷物を抱えている。

 さらに両手にはパンパンのバッグを持って、背中にはリュックサックを背負っていたのだ。

 中身は設計図の束や精密な測定器具、化学薬品、そして銃器に見えるガスガン……。

「よし、全部そろったな。健太との合流場所の社宅へ戻るぞ」

 マルクスが一行に告げた。

 日没までの時間は、もういくらも残されていない。




 次回予告 第22話 『ベータ宇宙への帰還』

 マルクス率いる別動隊は地球で反撃の準備を開始する。

 健太の親友・日向の協力を得て、一行は二手に分かれ、東京の街を奔走。

 ネットカフェで銃の設計図などの「知」を、秋葉原で精密機器関連の「技」を、アメ横で化学薬品という「力」を確保していく。

 一方その頃、何も知らない山城院長の堪忍袋の緒が、まさに切れようとしていた。ベータ宇宙への帰還は叶うのか?

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