1986年5月27日(火)AM8:10通学路 <風間悠真>
朝の空気は湿っていた。
うーん、今も昔も、前世も今世も雨は嫌いだ。
ぐちゃぐちゃの感触が嫌いなんだよね。
さっきまで雨が降っていたから空は曇っているけど、ところどころに晴れ間がみえる。
曇り空の下坂道を登っていくと凪咲が先に立っていた。
制服のスカートがふわっと揺れて、リボンを直している。その仕草のあとで俺に気づいて、いつもの笑顔を向けてきた。
いつもと変わらないけど、何だか違う……。
いやーな予感がした。
「悠真、昨日と顔が違う」
「え?」
突然言われて、ちょっとドキッとする。だけど、なんとか落ち着いて51脳が返した。
「あー、寝不足かもしれない」
ウソじゃない。
寝たのが3時近くだから、ウソじゃない。
「ふうん。まあいいや」
それ以上は追及してこなかったけど、隣から突き刺さる視線を感じた。
学校について、普通に授業が始まる。何も変わったことはない。だけど美咲はいつもより分かりやすい。本人は普通にしてるつもりかもしれないけど、ウキウキしてるのが丸わかりじゃないか。
はあ。
これは間違いないな……。
■PM6:10
凪咲の家は静かで、外の音もほとんど聞こえない。こんな時って、どうも時計の秒針とかが気になる。電話が鳴ったりしたら心臓が跳ねそうだぞ。
2階の部屋に通される。白いカーテンから夕方の光が入って、でももうすぐ日が暮れそうだ。机の上には教科書とノートがきちんと並んでいる。
部屋の机の上には教科書とノートが整然と置かれていた。
「じゃあ先に数学やろうか」
オレが声をかけると、凪咲はテーブルに座って教科書を開いた。
オレも参考書を広げてシャーペンを握る。
小学校の頃もシャーペンはあったが、前世のオレはもっぱら鉛筆だった。
物を書くのに、鉛筆があるのになぜシャーペンを買うのか?
買えないほど高価じゃなかったはずなのに、買ってもらうまでかなり時間がかかったのを覚えている。
しかも家で勉強するときは電動鉛筆削りはありえない。
手動の鉛筆削りも買ってもらえず、ナイフで削っていた。
大正生まれの祖父母の影響だろう。
家父長制度のなごりがあったのか、親父もお袋も逆らえなかった。
ふと昔のことを思い出したんだけど、進むはずの勉強はなかなか始まらない。
凪咲はシャーペンを持ちながらノートを見つめて、それ以上書き込もうとしなかった。
「悠真」
「ん? ……どした?」
「やっぱり、今日の悠真、普通じゃない」
唐突に切り込んできた。
図星だからいくら51脳が制御しようとしても、13脳と体はリンクしていて動揺を隠せない。
「ねぇ、昨日なんかあった? 変だよ」
「……別に何もないよ。凪咲こそどうしたんだよ」
「ウソ」
短い断言に、心がざわついた。
もー、何だよ。
なんで女ってこんなに鋭いんだよ!
凪咲は机から身を乗り出して、左手をオレの太ももに置いた。
「ねぇ悠真、昨日美咲と何かあったよね? 何もなかったら普通に勉強会するつもりだったけど……。今日の美咲、マジであり得ないくらい変だったから、気になって仕方がないよ。ねぇ、隠し事とかウソはやめてよね?」
俺が返事に困っている間に、凪咲の指が俺の太ももをなで上げる。
やべえ、勃ってきた!
昨日家に帰ってから3回も抜いたのに、元気過ぎるだろ!
心拍数が乱れているのがわかる。
「凪咲……」
「いい、よね」
そのまま腰元に指が伸びて、オレのベルトの金具をつかんで外そうとする。
「ちょっ、ちょっと待った!」
慌てて凪咲の手を押さえた。
「なんで? 悠真、好きなんでしょ?」
そのとおり!
嫌いじゃない!
むしろドンドンしてほしい!
……嫌いじゃないんだけど、トライ&エラーなんだよ。
美咲は実験台じゃない。
でも最初(厳密には由美子先輩が最初だが、6人の中では最初だ)の栄誉(?)の代わりに、他の5人のフェラチオまでの流れと、それからの進行具合のテストケースなんだ。
「ねえ、なんで? どうして止めるの」
「凪咲……今はまだ」
「まだ?」
「おまえに無理させるわけには」
オレは別に亭主関白じゃない。
むしろレディファーストや紳士を目指している。
やっていることは外道だと言われるかもしれないが、大きなお世話だ。
当人同士で納得しているんだから、他人が入る余地なんてない。
みんなオレを『悠真』と名前呼びするんだから、オレ・お前の関係性で問題ない。
「私じゃ駄目なんでしょ」
凪咲の目が鋭い。
問い詰めるような、まっすぐな眼差しだ。
「違う」
絶対に違う。
「じゃあ、なんで……。どうして」
「……」
「……卒業式、見たんだよ」
え?
ええ?
何て言った?
「由美子先輩のこと。悠真に、してたの」
衝撃の一言。
昨日美咲に切り出された記憶と重なる。
残念ながら、悪い予感は当たってしまった。
「由美子先輩は良くて、私は駄目なの……?」
重い言葉が胸に突き刺さって離れない。
凪咲の指はすでにベルトを外していた。
「あー、もう……分かったよ。全部話すよ。凪咲がダメなんじゃなくて、慣れないし、うまく言えないけど……美咲でちょっと練習してからって思ってたんだよ」
「ダメっ!」
オレの言葉がどう伝わったかは分からない。
練習なんて、美咲、ゴメン!
でもやっぱり、美咲にリードされた状態が長く続くのが嫌らしい。
1度開いてしまったら、その差は埋まらない。
物理的な日数は今日なら1日だけだが、1週間とか1か月たてばそれだけ差が出ると考えたようだ。
いや、別に関係ないけど……。
オレはそう思ったけど、凪咲にためらいはなかった。
ベルトを外してファスナー(なんて表現を使ったのは大人になってから。むしろ今でもチャックがなじむ)を下げる。
「悠真こっち」
こうなるともう止まらない。
凪咲はオレを立たせてベッドに座らせる。
すぐさまズボンとパンツが下り、解放感が広がる。
凪咲は一瞬だけオレの表情を見つめた。
ほんのり期待と戸惑いが浮かんでいる。
「ねえ……触ってもいい?」
なんでいまさら聞く?
いつもなら聞かないのに。
ゆっくりと指がオレに伸びてきた。緊張しているのが分かる。
オレは息をのんで、それだけで鼓動が速まるのを感じていた。凪咲は解放されたオレのモノをまっすぐに見つめている。
恥ずかしそうにしているけど、視線には期待も混じってそうだ。
「……っ」
思わず息が漏れそうになったけど、凪咲は表情を変えずに動きを続けていく。
「やっぱり、この前と反応が違う。口の方が……気持ちいい?」
その質問に意識が揺れる。
かろうじて51脳は理性を保っているが、13脳はすでにショート寸前だ。
「いや……これも、悪くない」
オレがそう答えると、凪咲はちょっとふてくされた感じだ。
「悪くない、じゃ嫌」
むき出しの感情が伝わってきて、顔が近づいてくる。息遣いが肌に触れて、体が熱くなる。
「う……っ」
凪咲の舌がそっと触れた。
神経が敏感に反応する。
意識が波打つのを必死に抑えた。体が耐えきれなくなりそう。
凪咲はふと顔を上げてオレを見てきた。
「……大丈夫、か?」
「うん、だいひょうぶう」
ぬくもりが伝わってオレの全身が緊張で固まるのを感じる。
「ん……」
凪咲の吐息は柔らかく、唇はぎこちなくも懸命に動いていた。
「なぎ……さ……」
オレはそっと彼女の頭に手を添える。動きはまだ不安定だが、気持ちがはっきり伝わってくる。
「ねえ、ひゃんと(ちゃんと)……ひもひいひ(気持ちいい)?」
口を離さずに、潤んだ瞳をじっと見上げてくる。
「……ああ。最高だ」
その答えに凪咲の動きは少し滑らかになった。
息遣いが増して一生懸命さが伝わってくる。
凪咲は真剣に動いていた。
かすかな声が喉から漏れる。
吸う力が増すたびに周囲に温もりが広がり、敏感な部分がじんわりと熱を帯びていくようだった。
舌の動きはぎこちなくて不安定でも、一生懸命にチャレンジする意志がはっきり伝わってくる。動きも一定ではなく、不器用だけど生の感触として伝わってきた。
これ、いつもなら間違いなく終わってる。
昨日してたからここまで我慢できているんだ。
「ん……ん……っ」
息が震えて、空気が波打つ。ときどきむせる声も交じる。
「凪咲、大丈夫か?」
凪咲は首をゆっくり縦に振った。
口を離さずに見上げる瞳は、『続けたい』と訴えている。
もう突き放せなかった。いや、ただ気持ちよさに負けただけだ。
かっこつけても仕方ない。
頭に手を添えて、自然なリズムに導く。
「そう……ゆっくりでいい」
慣れてきたのか、快感が続けざまに押し寄せる。
やばい! 我慢しろ、オレ!
部屋は静かで、湿った音と俺の呼吸だけが響く。
ぎこちないリズムが徐々になじんで、一体感が生まれた。
「……ああ、いいよ、凪咲……」
オレの声が震えてにごる。
奥歯を噛み締めて耐えようとすると、凪咲はさらに動きを強めた。
「んっ……ん……」
頭が真っ白になった。体の奥がざわざわしてじっとできない。
「……っ、凪咲……もう」
もうダメだ!
でも凪咲は離さない。動きを速めて、舌も重ねてくる。
上目づかいに見つめてきた。
……気持ちいい。
腰の奥から熱い衝動が突き上がる。
手を添えて離れようとしたけど、凪咲は首を振って、強い意思を示した。
「……くうっ」
声にならないうめきが喉からあふれそうになる。
「……もう出そうだ……凪咲、無理なら離して」
でも凪咲はさらに頭を押し当てた。
どくんどくんと全身を駆け巡る感覚で、限界が一気に弾ける。
「んんっ……!」
もうたまらず、凪咲の口の中に全部流し込んでしまった。
凪咲は口を離して、ティッシュを手に慌てて押さえる。
「けほっ……ごほっ……」
苦しそうにせき込んでいたので、オレはすぐに背中を優しくさすった。
「凪咲、ごめん……無理させた」
それでも凪咲は荒い息を整えながら首を振った。
「ううん。違う……私が望んで、したいと思ったことだから」
凪咲の肩が上下していた。
肩が上下して、息を必死に整えながらティッシュを口に当てている。
白濁を吐き出すと、もう一度せき込んだ。
「んぐっ……けほ……」
目を細めながら、しばらくして顔を上げた。
頬は赤らんでいて、それでも言葉をしぼり出す。
「……苦い。でも……」
そこまで言って唇を噛む。
「でも、これで美咲に負けてない」
「凪咲……」
声をかけても、続きは出てこなかった。
「悠真、心配しないで。私は後悔してないから」
「でもオレは……」
「いいの。私はしたかったから、したの」
凪咲はティッシュを置いて、再びオレの太ももに手を添える。
「ねえ、手より……口の方が気持ちいいでしょ」
探るように聞いてくる。
その目は嫉妬なのか確信なのか分からない。
「……まあ、正直に言えば、そうだ」
そう答えると、凪咲は少し視線を逸らした。
「だったら、これでやっと追いつけた。美咲と同じになれた」
声が熱を帯びていて、凪咲に自信と安心を感じた。
「凪咲……」
オレは黙って凪咲にキスをした。
時計を見ると結構な時間がたっている。
「もう帰った方がいいかな。親、帰ってくるんじゃない?」
「……うん」
凪咲が時計を見てうなずいた。
「今日はありがとう。……本当に、ありがとう。……次は、もっと上手くできるようにするから。悠真、覚悟してて」
何事もなかったかのようにニコッと笑って告げられた台詞が胸に重く響いた。
次回予告 第90話 (仮)『中間試験』

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